04 死者の国の女神


「人間族からの死者の門への人数が多すぎて、我々の業務が滞っております。そこをなんとかしていただかないと」


 長くて尖った耳を持つ、黄金色の髪の妖精族代表が、テーブルをドンと叩いたかと思うと、僕のほうを見た。僕たちの会合での議題はもっぱらそのことに尽きるようだ。


 生まれる命と死する命は、自然の中で、ある一定の均衡を保っていると言われている。死者の国では一定数の魂しか受け入れてはくれない。死者の国で受付けなかった魂は、行き場をなくし生者の世界に彷徨い続けて、悪さをするのだ。


 今回はカースとの戦禍に巻き込まれてたくさんの命が奪われた。人間も、獣人もだ。そのおかげで死者の門の前には長蛇の列ができているという。その弊害が、他の種族にも及んでいるということだ。


 僕は、テーブルの下に隠し持っていた、タシットが作ってくれた虎の巻をめくった。こういう時もまた、フードが役に立つ。口元よりも上は、ほぼ隠れているおかげで、僕がどこを見ているかなんて、誰にもわからないからだ。


 妖精族の代表はソムという男だった。タシットの説明書きの下には『気難しく融通の利かぬ性格。なにか言われてもとぼけましょう』と書いてあった。


「妖精族は寿命が長い。そう死者の門の世話になどならぬのだ。お前たちは、問題視する必要はあるまい。それよりも我々魔族だぞ。困っているのは」


 ソムを制するように、漆黒の肌を持つ魔族が大きな声を上げた。まるで羊みたいに耳の上にくるりんと丸まった立派な角が生えている。僕は慌てて、虎の巻をめくった。


『魔族の代表コープス。見かけは恐ろしいが情に脆い一面もある。少々理解力に難あり。面倒ごとがあると怒りだすので、細かいことは言わないほうがよい』


(なるほど)


「死者の門を潜れなかった魔族は、アンデットに成り下がり、我々の国の治安は悪化している。ここ一か月は、それらの対応で手いっぱいだぞ。なんとかして欲しいものだ。グレイヴ。人間のせいだぞ。ここでなにか解決策を提案せよ」


「それは——」


 僕は言葉に詰まった。色々と考えてきたことが、すっかり頭から抜けているようだ。すると、純白の羽を持ち、白銀の髪を風に靡かせている天使族が「まあまあ」と仲裁に入った。僕はまたまた虎の巻をめくった。


『天使族の代表マジェスティ。物腰柔らかに見えて、意見を曲げない頑固者。敵に回さぬように、うまく立ち回ること』


(わかったよ。タシット)


 僕はただ黙って、その場のやり取りを見ていた。天使族というのは、人間と同じ形をしているものの、二回りくらい大きいようだ。逆に妖精族は人間より二回りくらい小さい。魔族は種類によるみたいだ。コープスはかなり大きくて、椅子に収まらないくらいの巨体だった。


 マジェスティは雄弁に語った。


「そう息巻くことはありませんよ。そう言われても困る、というのがグレイヴの言い分でしょう。人間界の死者が増えているのは一時的なものでしょうし、それもすぐに解消されましょう。もう少し黙って見ていたらいいのではないでしょうか。ねえ、ヘイディズ様」


 そこにいた全員が、上座に座いている存在に視線をやった。まるで天井まで聳え立つような大きな大理石の椅子に腰を下ろす大きな存在。その姿を目にしただけで、そこにいる誰もが畏敬の念を抱く。死者の国を取り仕切る女神。ヘイディズ——。


 色のない蒼白な肌は、闇に照らされて輝く。漆黒の長い黒髪が足元まで届くほどに伸びている。様々な意見が飛び交う中、ただそこに座し、目を閉じていたヘイディズは、瞼を静かに持ち上げた。


 まるで生気のない蒼黒い双眸に見据えられると、肝が冷える思いだ。彼女が呼吸をする度に、周囲の命が奪い取られて行くような錯覚に、そこにいる誰もが畏れを抱いていることがよく理解できた。


 ヘイディズは大して興味もない様子で、頬杖をついたまま口を開いた。


「我々が受け取れる死者の数は限りあるが、今回ばかりは特例中の特例。魔族で困っているというならば、一時的に受け入れ数を増やそう」


「ありがとうございます」


 コープスは胸のところに手を当てると、頭を下げた。ヘイディズは「疲れた」と言ったかと思うと、立ち上がった。


「休会する。再開は一時間後」


 彼女の隣に丸まって眠っていた獣がむっくりと起き上がったかと思うと、彼女の足元に寄り添うように立った。ヘイディズの漆黒のドレスが翻る。その瞬間。彼女は僕を見ていた。それから、すぐに彼女は姿を消した。


 会議場の張り詰めたような緊張感が一瞬にして緩む。どの種族も肩を落として、ほっと一息吐いているようだった。


 けれど。僕はなに一つ発言できなかったことが情けなく思った。準備してきたはずだ。こうなることは予測できたから。ヘイディズにお願いをしようと思っていたのは僕だったのに。なにもできなかったのだ。


 憂鬱な気持ちに陥っていると、隣に立っていたタシットが僕に耳打ちした。


「控室へ。休まれましょう」


「わかった」


 僕はタシットと共に議場を後にする。廊下に出ると、そこには老虎たちが待っていた。







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