03 ボルケイノ


 ボルケイノ地区は、すべての種族が暮らす世界が交わっている不思議な場所だった。地図上にも記載されてはおらず、そこへ行くためには、特別な魔法が必要なのだ、とタシットが教えてくれた。


 出発の朝。僕たちは謁見の間に集合した。大臣たちは通常、それぞれの庁舎に分かれて仕事をしているから、一堂に会する機会は以外と少ない。


 しかし、理由がない限り顔を合わせることもない僕たちだが、そう仲が悪いわけでもない。世襲制という制度のおかげで、小さい頃から顔馴染みなのだ。


 小さい頃は、よくサブライム様とも遊んだ。ピスが剣術を教えてくれる場に、僕も招かれたのだ。


 サブライム様はいつもキラキラしている人だった。周囲を巻き込むそのカリスマ性。死に一番近い場所にいる僕には、ひとかけらもないものだ。けれど眩しくて、つい、その光に吸い寄せられてしまう。僕は、まるで光に群がる夜の虫だった。


「みな、揃ったようだな」


 王座の前に立つ彼の姿は、神の生き写しのように輝く。亜麻色の髪は短く切りそろえられており、その下には、彫りの深い顔立ちが見て取れる。二つの碧眼は、宝玉のように輝き、その肌は絹のように艶々として見えた。


「今回。我々は長きにわたる怨念との闘いに決着をつけた。このことは、会議でも高く評価されよう。しかし、この闘いの結果、起きている弊害もいくつか報告されている。自然への影響、死者数の増加などだ。他種族からの圧力が強くかかる場面もある。だがしかし。我々は、我々の信念を貫き、そしてこの平和を手に入れた。それは誇らしいことだと思わないか。レスト」


 ふと王は一人の男に目を向けた。自然省の大臣レスト。僕よりも10歳以上は年上だ。彼は「その通りでございます」と胸に手を当てて頭を下げた。


「すまないな。お前は特に風当りが強いかも知れぬ」


「お気遣い、ありがとうございます。ですが、対策は練っております。万事うまくいきましょう。お任せください」


 彼の返答に、王は口元をあげると「頼むぞ」と頷いた。


「それから。グレイヴ」


 王が僕の名を呼んだ。僕はどっきりして、声が上ずりそうになった。けれど、このフードはこういうときに役に立つ。僕の表情は、誰からも見えないだろう。例え王といえど。


「お前もだ。死者の門に並ぶ者たちが増えてしまっているようだ。もう少し受け入れる人数を増やすようヘイディズを説得してくれ」


「承知しました」


 レストを真似て、僕も頭を下げる。フードが邪魔で王の様子は見えないけれど、僕に期待してくれているということが理解できた。


(僕はやる。やれることをやるんだ)


 右手をぎゅっと握りしめていると、ふと隣にいた軍事大臣のサクシードが僕の肩をぽんぽんと叩いた。


「そう気張るな。大丈夫だ。初めての会議だろう? 緊張しているのはお前だけじゃない。おれも初めてだからな」


 彼はそう言って片目をつむって見せた。


 サクシードは大臣に就任して数か月と日も浅い。僕よりも緊張しているのかもしれない。そう思うと、自分が恥ずかしい気持ちになった。


 サクシードよりも、僕は三つ年上だ。彼は昔から面倒見がよくて、なにかと僕に声をかけてくれた。けれど、ここ数年は王宮を出ていた。父親への反抗心が原因だった、と聞いているが、本当のところはわからない。


 それが突然、カースとの戦いのとき、彼は戻ってきた。そして今ではこうして無事に大臣職に就いているというわけだ。


 王もサクシードも、みんなそうだ。どこか輝いていて光を持っている。なのに。僕は―—闇だ。僕のからだに纏わりついているのは闇。


「それでは出発する」


 王の声とともに、僕たちはまばゆいばかりの光に包まれた。その光は強さを増し、そして、あっという間に静かに収まっていった。するとどうだ。目の前にあった玉座は消え去り、僕たちは火山地帯に立っていた。


 周囲は山からの異臭が漂う。周囲の岩からは熱が放射され、とても暑い場所だった。地面には草花一本も生えてはいない。どこからともなく続いている地響きで、体じゅうが揺らされているようだった。


「お待ちしておりました」


 目の前にすっと一人の魔族が現れる。人間なんかよりも遥かに大きなその存在。全身が黒い毛で覆われ、瞳は金色に輝く。彼は手首と足首にちぎれた鎖をぶら下げた枷がはめられている。


「まずはお約束の方々かどうか、確認させていただきます」


 どうやら、事前に申請をしている者だけが通されるのだろう。魔族の言葉を合図に、周囲からも似たような生き物が何人も立ち現れて、僕たちの顔を見たり、人数を数え始めたりした。

 それが終わると、滞在中の過ごし方の説明がなされる。


「この後、各会議場に分かれていただきます。基本、会議開催中、互いの会場を行き来することは出来ません。また、この一帯は非戦闘区域であります。正当防衛とは言え、剣を抜いたり、魔法を使ったと判断された場合、即刻、この地域からは退去していただきます。なお、そういった行為を目撃した場合は、速やかに事務局に報告をしてください」


 魔族の割に、ずいぶんと流暢に言葉を話すものだと、驚嘆していると、隣にいるタシットが小さい声で言った。


「聞く者の理解力に合う魔法がかけられているのです。意味は同じでも、私とあなたとでは、違う言葉になって聞こえていることでしょう」


 僕は苦笑いをするしかない。そのうち、魔族が両腕を広げた。すると、僕たちのからだが再び光はじめる。そしてあっという間に僕たちは散り散りになって会議場へと移動させられた。


 周囲を見渡すと、僕の隣にはタシット。それから、後ろには五人の騎士が立っていた。


(そういえば。僕には護衛をつけてくれるって)


 先頭にいる騎士が兜を脱ぐと、その頭には虎の耳が二つ乗っていた。


「今回の護衛の責任者、師団長の老虎トラです」


 僕よりも数倍大きなからだ。黒い髪は波打っていて、その下に光る瞳はギラギラとしていた。


 獣人を見慣れてきたところとは言え、虎族はちょっと怖い。返答に窮していると、タシットが気を使ってくれて口を開いた。


「よろしく頼みます。大臣は初めての会議で少々お疲れです。あなた方は部屋の外を護衛してください」


「わかったよ……じゃなかった。わかりました」


 老虎は慌てて言い直すと、ペロリと舌を出した。タシットは顔を顰めるけれど、僕はこの人に好感を抱いた。


「王はボルケイノ地区の中心にある火の神殿に行かれました。我々はこちら。死の谷の神殿です。それでは神殿へ移動いたしましょう」


 タシットはわき目も振らずに歩き出した。僕はただ、その後ろをついていくしかない。僕たちの後を騎士団がついてきた。


 目の前には、灰色で覆われた、色のない神殿が見えていた。




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