02 世界会議


 僕たちの国は、つい数か月前まで、戦禍に見舞われていた。僕たちが住む国には人間族と人間族から派生した獣族という種族が共存してきた。遥か昔、両者は手と手を取り合って共存していた。しかし人間族は、獣族の持つ獣の力を恐れ、いつしか、自分たちのいいようにまつりごとを進めていった。獣族よりも少しばかり知恵があったのだろう。


 千年前、そんな軋轢の中で生まれたのが、カースという怨念にも似た存在だった。彼は人間族を滅ぼし、獣族の国を作ろうと、獣族たちを焚きつけて、王宮に対して戦争を仕掛けてきたのだった。当時、人間族と獣族は熾烈な戦いを繰り広げたという。しかし、歌姫と呼ばれる猫族の獣人がカースの魂を封印し、その戦いは集結を迎えた。


 ところが、そのカースがこの今の世に蘇ったのだ。僕たちは、カースが率いる獣族と果敢にも戦った。しかし、身体能力に長けている獣人たちが、一丸となって襲い掛かってきたのだ。かなり厳しい戦いであったことは言うまでもない。僕も、人生で初めての戦いだった。無我夢中で、今となってみると、まるで夢うつつの出来事のようだった。


 結局。今回も歌姫の魂を宿した黒猫の獣人が世界を救った。カースの、怨念に満ちた荒ぶる魂を、歌姫が滅したのだ。


 あれから数か月。カースの襲撃によって破壊された王都の復興は、少しずつだが進んでいた。 


 現王であるサブライム様は、獣族を虐げてきた過去の歴史についての誤りを認め、謝罪をした。それから、今まで排除してきた獣族を王宮に招き入れた。人間だけで行われていたまつりごとを獣族にも開放したのだ。


 まだまだ混乱をきたした状況であるとは言え、王宮の中で獣人たちの姿を見るのも、やっと慣れてきたところだというのに。今度は世界会議が開催されるというのだ。僕の気持ちは、安らぐ暇はなかった。


 ピスは腰をさすりながら、「世界会議だが」と言った。


「お前は、初めての参加になるから、少し説明をしておこうと思って、な」


 彼は続けて言った。


「世界会議とは、中立地区であるボルケイノ火山地帯で行われる。なので、ボルケイノ会議と呼ばれることもある。この地区では、一切の戦闘行為は許されない。この地を支配しているドラゴンたちから大目玉を食らうことになるのと同時に、世界会議からの脱退を命じられる可能性もある。いいね?」


「戦闘行為の禁止……? 戦闘しなければならない状況が想定されるのですか。世界会議ですよね? 協議の場ではないのでしょうか」


「各種族のトップが集まる場だ。会議はもちろん執り行われる。ここで交わされた取り決めは、絶対。何人たりとも破ることは許されない。それだけ効力が強い会議となる。だがしかし、その裏では、過去には暗殺を企てた者もいるし、元々反りが合わない種族同士がもめ事を起こす場合もあった。まあ、我々は、どの種族とも友好関係を築いているから問題はないと思うが」


 確かに聞いたことがある。光と闇の関係になっている所属は、元々反りが合わない。天使族と悪魔族、妖精族と魔族などだ。普段、彼らは、まったく違うフィールドで暮らしているから。こうして顔を合わせるとなると、積年の恨みつらみが表出するのかも知れない。


 ピスは少し落ち着いたのか、腰をさすることを止めて、ソファに背中を預けてから一息吐いた。


「我々は、今まではむしろ国内の獣族との関係性のほうが最悪だったからね。今回の世界会議で、サブライム様は国内の治安について報告をする予定だ。他の種族からは高い評価を得ることができるであろう」


 確かにそうだ。王の功績は歴史に名を残す快挙。千年前には封印することしかできなかったカースを滅した上に、獣族との新しい国造りを始めたのだから。これが吉と出るのか、凶と出るのか。それはわからない。けれども、僕もその点は高く評価できるものだと思っていた。


「一番気をつけなくてはいけないのは魔族だ。彼らは、本能が強く、知性に欠ける。喧嘩を売られても、決して買うこともないよう」


「わかりました」


「特にお前は新顔だ。世界会議のデビュー戦、くれぐれも他種族に足元を見られることのないように、毅然とした態度で臨みなさい。そして、単独行動を慎むように。タシットは何度も参加しているから。必ず彼と行動を伴にすること。それから王宮護衛をつけてあげるからね」


 ピスはタシットに視線を遣る。


「いいね。タシット。目を離さないようにね。このおチビさんは、温和そうに見えて、信念を捻じ曲げない頑固さがある。僕は、とっても心配だよ」


 タシットは「承知いたしました」と頭を下げるが、僕はなんだか腑に落ちない。そんなに信用ならないのだろうか。僕は他の大臣から比べたら経験も浅く、力もないかも知れない。けれど、そんなに守ってもらわなくても平気だ。


「ピス。護衛などはいりません。僕は僕で大丈夫です」


 ピスは優しい笑みを見せた。


「そう気負うな。すぐに終わる。それよりも、そろそろ、お前にも相棒が必要だね。目星はついているのかい?」


 僕は返答に窮して、タシットを見る。彼は「まだでございます」と答えた。


「そうか。お前のお父さんは、ビフロン伯爵と契約をしていた。グレイヴのお家柄、彼との相性がいいのだろうね。お前も彼と契約をするのがよかろう」


 ピスは「よっこいしょ」と腰を上げると、「イタタタ」とそこをさすった。


「まったく。参ったな。国一の剣豪と呼ばれたこの私が、この様とは。会議に向けて、少し療養が必要かも知れないな」


 彼はそれから僕のことをじろじろと見つめた後、軽くため息を吐いた。


「司法省のしきたりかも知れないが。その深緑色のマントやフードは、なんとも言えないねえ。口元しか見えない。これじゃあ、お前の若々しさが台無しだよ。陰湿に見えるし。タシット、廃止は難しいのかい?」


 ピスはタシットを見た。彼は恐縮したように視線を落とした。


「申し訳ありません。グレイヴ家は、罪人を処罰するというだけで、周囲から忌み嫌われる存在でございます。素顔を見せずに職務に就くことが、自らを守ることにもつながります」


「まあ、そうだね。——そうそう。ヘイディズ様はお元気かい? 今度の会議にもいらっしゃるだろうが。僕はあいにく、王への同行任務があるからね。お会いすることは叶わないだろう」


 ピスは肩を竦めたかと思うと、今度は僕を振り返った。


「ええ。相変わらずです。ピスが死者の門を潜ることを心待ちにしておられるようですよ」


「あはは。まったくもって、参ったね。他所で会うのはいいが、死者の門を潜るのは、もう少し先にしたいかな。そうならないように注意することにいたしましょう」


 彼は軽くて手を振ると執務室を出ていった。


「世界会議……か」


 大きくため息を吐くと、タシットが小さく頷いた。


「大丈夫でございます。私は、何度も同伴した経験があります。ご安心ください」


「ありがとう……」


 タシットがいれば安心だ。なのに。何故だろう。この胸の奥の不安がちっとも消えることはなかった。胸騒ぎとでもいうのだろうか。僕の胸の奥は不安が大きく渦巻いていた。





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