バカ野郎、変態具足で超科学技術を圧倒する

 戦場に強行突入したレンは、無事な姿を見せる愛凛澄に安堵の息を吐いていた。

 しかし、直後に天堂地獄が警告を放つ。


『いかんな。愛凛澄のやつ、右の鼓膜が破れておる。三半規管にも異常を来しておるな。いわゆる内耳振盪よ』


「それってまずいね」


 傷の程度にもよるが、めまいや難聴、頭痛が現れることがある。下手に動けば逆に怪我をする。危ないところであったということだ。


「愛凛澄さん、下がってて。めまいするんでしょ?」


「はい……助かりました、レンさん」


 愛凛澄が素直に引き下がる。

 確保対象であろうレンがここに来てしまったことは問題だが、現実問題として自分は負傷している。レンが来なければ最悪の事態に陥っていただろう。


「……今度は完全武装のサムライか。くそっ、本当に日本人は非常識だな! こんなものを作りやがって! 日本人は日本人だよほんとうに!」


 おそらく敵と思われる少女がキレ散らかしている。意味が分からないが、これが敵だと判断したレンは腰に佩かれた太刀を引き抜く。人間が扱う刀とスケールにさほどの変わりはないが、より分厚く、より幅広に作られ、鉄のおよそ三倍もの比重を持つ希少金属で作られている。

 常人では到底扱い切れぬ刀も、天堂地獄の倍力機構により羽の如く軽く感じられる。


「天堂地獄が仕手、レン。参上仕った!」


「来るな馬鹿!」


 少女が怒鳴り散らしながら発砲した。それは異常な速度で射出され、天堂地獄の胸部装甲に着弾。そして甲高い音を響かせながら弾き飛ばされた。

 その異常に頑健な装甲に少女があっけに取られる。SO弾は条件にもよるが、およそ五十万ジュールにも及ぶエネルギーを持ち、その威力は四十ミリ砲に匹敵する。戦車には到底歯が立たないが、装甲車程度ならば正面から破壊できるし、より強固な歩兵戦闘車も撃破可能だ。

 それを弾き飛ばすと言うことは、天堂地獄の正面装甲は戦車のそれに匹敵すると言うことだ。


「速い!」


『うむ、速いな。第一宇宙速度を超えておる。どういう原理だ?』


「よく分かんないけど、大丈夫?」


『吾の正面装甲を突破しようと言うのだ。百二十ミリ砲くらいは用意せねば無礼であろうが』


「心配いらないってことだね。よし」


 自身の防御力が敵のそれを格段に上回る。経験したことのない状況に戸惑いつつも、レンは手にした刀を少女へと差し向ける。


「出来れば戦いたくない。だから、今すぐ帰ってもらえないかな」


 レンがしたのは交渉だった。出来れば戦いたくない。真実だ。武と言うのは最後に頼るべきものであって、真っ先に頼るものではない。情理を尽くし、人事を尽くし、それでもなお避け得ぬ凶事があり、それを退けるために使うものなのだ。

 少女はそれを前に嘲笑った。


「ふざけやがって……その無様な骨董品を持ち出して私に勝ったつもりか? 甘いんだよ!」


 レンは先生に避け得ぬ凶事のためだけに使えと教えられてきた。それが武を学ぶ者が最低限守らねばならない道理であると。そして、避け得ぬ凶事があるなら躊躇わずに使えとも言われた。だから、それに従った。

 つまり、レンは少女の頭に向かって全力で刀を振り下ろした。

 レンは刀の扱いに関しては素人同然である。柔道の一環として、演武のために短刀や棒を使うことはあったが、真正の太刀は学校の授業で習った剣道くらいのものである。それも竹刀であり、太刀とは扱い方が異なる。

 故に、倍力機構による強大な力、希少金属による強烈な自重を持つ太刀。その二つの特性を存分に発揮する真正面からの唐竹割り。末端速度は亜音速にも達し、その破壊力は厚さ五十ミリの鉄板を容易に叩き切る。

 人間に直撃すれば、一撃で命を奪う致命の斬撃。

 そして、それは少女の頭部に直撃、するかと思われた。

 不可思議な機械音が響いた。

 それは交渉を蹴った瞬間に殺しにかかってくるとは思いもよらず、あぜんとした顔を晒していた少女の眼前に青い壁を展開し、斬撃を受け止めた。

 金属にノコギリを押し当てたような異様な金属音が響き渡る。希少金属の太刀が青い壁へと切り込んでいく。その光景に少女は咄嗟に横に転げるように回避。直後、半ばまで切り込むと突如として抵抗が消え、太刀がアスファルトの地面へと打ち込まれた。


「はっ、はっ……あ、危なぁ……! ふ、フツー蹴った瞬間に殺しに来るかよ! 日本人はおかしいやつしかいないのかよ……!」


 おかしいやつは愛凛澄や天堂地獄であって、自分は普通だと抗議したかったレンだが、わざわざ会話する必要も感じられない。敵だと言うならば、打ち倒すのみ。

 少女は焦る。天堂地獄の存在に関しては知っていた。だが、天堂地獄は所詮骨董品。最新鋭の科学技術を持った自身らが恐れるには足らないと考えていた。まるで間違っていた。

 戦車の正面装甲に匹敵する防御力、一発限りなら戦車砲ですら受け止める防護フィールドをオシャカにする攻撃力、そしてここまで来るのに用いた飛行能力、使ってる奴の頭のカッ飛びぶり。どれもこれもが極大の危険性を持っている。

 防護フィールドはもう使えない。百四十万ドルもする高価な装備が台無し。だが、作戦は失敗したわけではない。目的の聖遺物を確保出来さえすればいい。幸いと言うべきか、いくら非常識極まる日本人が相手でも、消滅熱音響光学迷彩は通用する。少なくとも愛凛澄は気付きもしなかった。


 確保対象である愛凛澄が気付かなかったならば、勝ちの眼はある。


 防護フィールド以上に高価な消滅熱音響光学迷彩を装備して伏せている人員は二人。天堂地獄を引き離すことさえできれば勝ち目はある。


「使いたく無かったんだけどな……使わせてもらう!」


 少女が動きを示す。レンは警戒し、刀を正眼に構える。とりあえず正眼に構えろと剣道の授業では教わった。それが未だにレンに根付いていた。

 しかし、それはこの場では悪手。レンは有無を言わさず少女の頭をカチ割りに行くべきであった。

 少女が掲げた腕には防護フィールドの発生装置が装備されており、そこにはビーコンが内臓されている。少女の最後の切り札を呼び寄せるためのビーコンが。

 それは少女の要請を受諾すると、異空間から現れる。異空潜航技術によって隠されていたそれは、瞬時に少女の体へと纏わりつき、深紅の装甲をありありと示す。

 天堂地獄とはある意味で正反対の存在。

 最新鋭の科学技術を結集して作られた、科学の申し子。

 チタンを主とする複合装甲、電磁伸縮帯によるパワーアシスト、ジャンプユニットによる短時間の噴射跳躍飛行、異空潜航技術によるウェポンベイ。


「私、エマ・キャンベル専用エクゾスケルトン、クリムゾン・ファング。さっきまでとは違う。覚悟しておけよ!」


 クリムゾン・ファングのジャンプユニットが火を噴いた。

 エクゾスケルトンに標準装備となるジャンプユニット、クリムゾン・ファングはそのうち瞬発力に優れる水素燃料を利用するタイプのジャンプユニットを使用する。被弾時の二次被害が極めて大きくなる危険性を持つが、その瞬発力はジェット燃料を大幅に凌駕する。

 水素燃料の噴進炎が拭き上がり、自重二百八十キロにも及ぶ鋼が宙を舞う。

 トップアタック構想、つまり対戦車戦闘の申し子として生まれたエクゾスケルトンは短距離噴射跳躍が前提として存在し、空を走るための装備である。

 突然天堂地獄と同じような鎧が現れると言う事態に驚いたレンの反応は遅れ、天堂地獄の顔面にクリムゾン・ファングの飛び膝蹴りが直撃した。

 ぐらりと天堂地獄が傾ぐ。

 如何に強靭な装甲を持つ天堂地獄と言えど、頭部に衝撃を受ければ後方へと倒れる。


『馬鹿者! 気を抜くな!』


 天堂地獄が一喝。同時、天堂地獄の後頭部から伸びる真紅の飾り紐が伸び、硬質化して地面へと突き立って強引に姿勢を平常へと押し戻す。天堂地獄が髪結玉を起動し、飾り紐を操作したのだ。本来は頭髪を操作する聖遺物であるが、天堂地獄を装甲している場合は飾り紐を操作することとなる。


「ごめん!」


 衝撃に少しばかり回る視界を感じながらレンが刀を握り締め、クリムゾン・ファングの姿を探す。クリムゾン・ファングは飛び膝蹴りの勢いを殺すことなく天堂地獄の背後に着地しており、天堂地獄へと向けて、手にしたナイフを繰り出した。

 レンが反応を見せる。振り返り、繰り出されたナイフを握る腕、その手首を左手で掴み取り、太刀を手放した右手がクリムゾン・ファングの胸元を掴もうとし、装甲表面で滑る。咄嗟に天堂地獄が聖遺物・磁生を起動。磁力を操る聖遺物によってクリムゾン・ファングの複合装甲表面の均質圧延鋼に右手を吸着させた。


「せいっ!」


 変則一本背負い。その最中に腰を落とし、脳天から地面に叩き付けるようにレンがクリムゾン・ファングを投げた。クリムゾン・ファングが頭から地面に叩きつけられるが、最終装甲板である強制蓄積装甲によって衝撃力が熱量として蓄えられる。強制蓄積装甲は受け止められる衝撃力、蓄えられる熱量に限界はあるが、その制限内である限りは無敵の装甲である。


「今度はジュードーかよ!」


 投げられたクリムゾン・ファングがなんらの痛痒も見せずに立ち上がったことにレンが訝るが、放り捨てた太刀を拾い上げ、踏み込むと同時に斬撃を放った。

 クリムゾン・ファングが半身となって斬撃を躱すと、高周波震動を引き起こすナイフを関節部へと捻じ込む。関節部ゆえに薄い装甲を突破し、肉を抉る特有の感触がし、血が噴き出した。


「やっ――」


 た。と言い切ることは出来なかった。その前に肉を抉られたことを一顧だにせず、レンがクリムゾン・ファングの頭部を横合いから思い切り殴りつけたからだ。


「ぐおっ!」


 強制蓄積装甲と言えど、全ての運動量を蓄積できるわけではない。そのようにすると、自身にかかる自重ですぐさま容量がいっぱいになってしまう。そのため、押し出されるような攻撃にはごく普通に吹き飛ばされ、転倒することもある。

 殴り飛ばされたクリムゾン・ファングがすぐさま姿勢を整えて立ち上がる。その時にはもうレンが天堂地獄を駆って肉薄していた。

 刀が振り上げられる。それをクリムゾン・ファングが再度半身になり、刀を振り下ろさず、そのままの勢いでぶちかましをかけた天堂地獄に対応し損ねた。もとより、刀なんぞ殆ど使ったことがないレンだ。柔道のそれ、あるいは原始的なぶつかり合いに頼るのは必然と言えた。

 刀は眼に見えて強力な武器だ。当たれば危険だとわかる。だからこそフェイントに使った。その目論見は正しく、クリムゾン・ファングはぶちかましを受けて転倒する。


「今だぁ!」


 転倒したクリムゾン・ファングにレンが飛びかかる。起き上がろうとするクリムゾン・ファングは間に合わない。馬乗りになればそのまま勝てる。その確信はしかし、クリムゾン・ファングの正面装甲が突如として爆発したことで引っ繰り返される。

 爆発と同時、タングステンカーバイドのベアリング弾が千発以上も発射される。その多くが天堂地獄に直撃した。ダメージを与えることにはならなかったが、レンを怯ませて後退させるには十分だった。

 クリムゾン・ファングの正面装甲には対人用制圧兵器として対人地雷が装備されている。エクゾスケルトンは装甲の関係上、懐に入り込まれると腕を使って対応することが出来ない。そのための装備だ。

 咄嗟に腕で顔を覆い、それを下ろした時、クリムゾン・ファングの姿はなかった。


「どこに!?」


『正面だ! 姿を消しておる!』


「見えないよ!」


 消滅熱音響光学迷彩。熱、音、光、その全てを隠蔽する複合迷彩。

 それすらも天堂地獄は看破してのけたが、レンの眼には何も映らない。

 そして、クリムゾン・ファングが天堂地獄の頸部装甲の隙間へとナイフを繰り出した。

 りんっ、と、鈴の鳴るような涼やかな音が響いた。

 血が噴き出す。それはレンの首からではなく、クリムゾン・ファング……その使い手であるエマ・キャンベルの腕から噴き出していた。


「がぁあぁあッ!?」


 それを為したのは、黒のセーラー服を纏った少女。仁和寺愛凛澄であった。

 鼓膜を修復し、三半規管をねじ伏せた愛凛澄が駆け寄り、その勢いのままにクリムゾン・ファングの腕を叩き切ってのけたのだ。

 均質圧延鋼、チタン合金、セラミック、強化ゴム、強制蓄積装甲の五重の防護をただの日本刀で切断するなどありえない。だが、現実にエマの腕は叩き切られていた。クリムゾン・ファングの生命保護機能が作動し、腕を強引に止血し、鎮痛剤が投与される。


「こんなっ、馬鹿な……! ありえない、ありえない! そんなチャチなものでクリムゾン・ファングの装甲が切れるわけがない……!」


「内勁の使い手を常識で語るのが愚かなのです」


 招独破静剣は内勁を用いることに真髄がある。気功は人間の持つ力を増幅させるという。勁は人間の持つ力を余すことなく引き出すと言う。そして、それを物語るように、本来あるものを引き出すに過ぎない内勁は酷く貧弱な力であった。

 いくら内勁を練ったところで銃弾は肌を貫き、走ったところで百メートルを十秒で走り抜けるのは至難の技。気功を用いれば機関銃掃射に耐え抜き、百メートルを一秒足らずで走破する。それほどまでに差がある。

 だが、しかし。武とは深淵にして広大。真に内勁の扱いに秀で、熟達した者は気功武術の使い手を容易く圧倒する。

 内勁を込めた一刀は脆い硬いで計ること能わず。真の熟達者となれば、木の葉一枚を剣として扱い、鋼を叩き切ってのける。そして、鋼の剣を振るえば、その一刀は森羅万象悉くを切り伏せる絶死の魔技となる。

 愛凛澄はその領域に十分に達している。科学の結晶なにするものぞ。強制蓄積装甲ですらも一刀の下に切り伏せた愛凛澄は凛としてクリムゾン・ファングに対峙していた。


「くそっ、くそぉ……! 日本人はやっぱりイカれてやがる! くそぉ!」


 エマは予想外の事態に焦る。愛凛澄には消滅熱音響光学迷彩を装備した伏兵二人を差し向けたはずだ。天堂地獄に傍受されることを警戒して無線は封止していたが、存在に気付くことすらできない相手にどうやって気付いたというのか。

 天堂地獄を相手に時間を稼いでいれば、それでよかったはずなのに。なにをどうやったか愛凛澄が伏兵を切り抜け、応援に駆けつけてしまった。

 天堂地獄を使うレンを相手に勝てないとは思わない。対エクゾスケルトン用装備を使えば周辺被害が激しく、愛凛澄を殺しかねないからこそ使わなかっただけだ。しかし、愛凛澄が救援に来てしまっては愛凛澄を殺さずにいることは難しい。


「ちくしょう……! 今回はおまえらの勝ちにしておいてやる!」


 エマは作戦の失敗を悟ると撤退を試みる。こんなところで命を捨てるつもりはないし、祖国の栄光を諦めるつもりもない。まだ機会はある。

 ジャンプユニットに活を入れてやり、エマは脱兎のごとく逃げ出す。愛凛澄とレンはそれを追うことなく見逃した。愛凛澄は単純に追いかける方法が無かったからであり、レンは追撃しようとしたが、天堂地獄にこれ以上無理をすれば後遺症が残ると止められたのだ。

 天堂地獄がほどけ、白銀の少女の姿へと変じる。レンも生身に戻る。右腕に残った血の跡だけが戦いの残滓だった。


「怪我をされたんですね……」


「あ、うん。でも、もう治ったよ」


 天堂地獄の肉体再構成は治療に使うことも可能だ。単なる刺傷や切創ならば、ほとんど熱量消費もなく回復可能である。即座に回復可能と言うわけでもないので、刺されても一顧だにしなかったのは単なるクソ度胸であるが。


「本当に助かりました。そして、ごめんなさい」


「え? なにが?」


「襲われたのは、どうやら私が原因だったようなのです」

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