バカ野郎、青春セーラー服狂いと出会う

「名はよしとして、苗字はこちらで用意する。構わぬな?」


「はい」


 割合と珍しい苗字であるので、名前を変えると言われた時点で察しはついていた。それに、どうせ元に戻れるまでの間の話に過ぎない。どれだけこの姿でいることになるかは、今のところさっぱり見当がついていなかったが。

 それからしばらくタクシーは走り、辿り着いたのはマンションだった。築年数はさほどではなさそうで、見える窓の数からすると結構な広さの物件であるようだ。


「部屋は六階だ。そこに私の弟子が住んでいる」


「はぁ。あの、俺はどこで暮らせば?」


「部屋数に余裕はあるので同居せよ」


「えっ、いやっ、それはまずくないですか!?」


「うむ。まずいことは分かっている。しかし、信頼がおけて、実力があり、なおかつ余暇があって、そなたの指導もできるのが一人しかおらぬでな……」


「そ、それでもまずいと思うんですけど!」


「分かっておる。しかし、他に手がないのも事実なのだ。万一のことがあれば私が愛凛澄ありすを殺す。それで勘弁願えぬか」


「それでも! あれ? 愛凛澄って?」


「私の弟子の名だが」


「ええと、あの、なんでその愛凛澄さんを殺すんですか?」


「だから、そなたが襲われて、不埒な真似に及ばれた場合には……」


「逆! 逆です! 逆!」


「いや、そなたが愛凛澄を襲っても返り討ちにされるだけであるから、襲われて泣き寝入りするとなればそなた以外にはありえぬ」


「なんですかその信頼は!」


「それくらい愛凛澄は強いのだ」


 聚楽が胸を張って言う。その胸は平坦であった。


「では、入るぞ。そうそう、この棟はヤツカハギの関係者しか住んでおらん。色々と役に立つ技能を持つ者も多いので、場合によっては教えを請うたり助力を仰ぐがよい」


「へぇ、そうなんですか?」


「うむ。居ない場合も多いがな」


 言いながらエントランスに入ると、中々に立派な内装のエントランスだ。


「このマンションはヤツカハギが設計段階から関わっておる。見た目はそれほどではないが、実際に分譲で売るなら最低でも一部屋二億は取らねばやってられん高級物件らしい」


「うえ!? そんなに!?」


「内装は普通のマンションと変わらぬがな。呪的防御であるとか、物理的防御であるとかが優れている。ヤツカハギ関係者が好んで住むのもその辺りの都合よ。他の棟にはヤツカハギ以外の裏関係者の者が住んでおる。土蜘蛛六家の者であるとかな」


「土蜘蛛六家? って、土蜘蛛八家では?」


 先ほどの話ではヤツカハギは土蜘蛛八家というのを中心に生まれたという話だったはずだ。


「辰の衛研、猫族の毛は既にないので六家しか残っておらんのだ」


「なるほど……」


「まぁ、ここに住んでおる土蜘蛛六家は真砂と東くらいだがな。他の家の者は拠点となる家を多数持っていたり、好き好んでホームレスやっていたりしている」


「好き好んでホームレスですか……」


「うむ。金剛家と苅谷家の者は殆どホームレスをしている」


「しかも二家も」


 どういう気質をしているんだとレンは本気で困惑する。

 エレベーターに乗り込みつつ、聚楽は話を続ける。


「まぁ、例外もある。迫水家の者でも稀に入居していたりするし、南極に住むことを至上目的にしている日野も渋々東京に出向くことも稀にある」


「南極……」


「雪女だからな。別に暑いのに耐えられんわけではないが、寒い方が好きなのだそうだ」


「シベリアにでも住めばいいんじゃ」


「いや、南極なら裸でも平気であろうが、シベリアならば凍死するであろうよ」


「え? なんでですか?」


「異能者は土地に依存する性質があるのだ。日本では強大な術士でも、アフリカに行くと途端に雑魚になったりする者もいる。日野もそれだ。なので日本以外では異能者としての能力は殆ど消え去り、シベリアでは凍死する可能性が高い」


「南極だと平気なんですか?」



「南極は条約でどこの国の領土でもないし、どこの国によって開発されているということもない。霊的観点で見ると空白地帯だ。なので能力が増しはせぬが、減りもせぬ。凍死はせぬし、住んでいるうちに適応して楽園になるであろう」


「へぇー……」


「そういった土地に依存する性質の関係で、それに縛られぬ者は霊的戦力として価値が高い」


「そうなんですか?」


「うむ。聖遺物による力を持つ者は土地に依存せぬ。依存するにしても、適した土地ではより能力が増す、と言った性質のものが多い。そなたもそれよ」


「俺の場合は日本では強くなる、って言う感じですか?」


「否! 吾はあらゆる環境に適応する! 宇宙空間でも平気だぞ!」


「うるさいから耳元で大声ださないで……」


「あ、すまん」


 肩に止まっている天堂地獄に苦言を呈すると天堂地獄は素直に謝る。


「聖遺物の存在が取り沙汰されるまでは、そう言った者は本当に価値が高かった。一人でも保有しているだけで他国にでかい顔が出来るくらいには」


「そんなにですか?」


「いざという時、他国で問題が起きても救援にいけぬからな。いったところで足手まといにしかならぬでは意味がない。そう言った時に他国に派遣して戦力となる土地に依存せぬ者は本当に価値が高かった。霊能大国である日本、ブリテン、エチオピアの三国くらいにしかそう言ったものはおらなんだがな」


「ふーん……あれ、じゃあ、俺って……」


「価値は高いが、まぁ、滅多なことでは他国に派遣されぬから安心せよ。それぞれの国には面子と言うものがある。早々頼ったりはせぬ」


「なるほど」


 でも派遣されないわけじゃないんだなぁとレンは内心で不安を感じる。

 レンが喋れるのは日本語と英語だけだ。選択科目でフランス語を取っていたこともあるが、いまとなっては殆ど忘れている。挨拶だけは辛うじて出来るかも、程度だ。

 すると、その不安を見透かしたように聚楽が苦笑しながら言う。


「派遣されるにしても、最高戦力から派遣するゆえ、そなたにお鉢が回ることはあるまい」


「ち、ちなみに、その順番ってどれくらいあとなんですか?」


「ヤツカハギに属しているだけでも十はいるし、属しておらぬ者なら三十人近くいる。全員が出れぬと言うことはまずありえん。そなたが心配する必要性は薄いので安心せよ」


「よ、よかった」


 安堵の溜息を吐くと、エレベーターが止まった。

 外に出てすぐの場所にあった部屋のインターホンを聚楽が押す。


「ここだ。もう帰ってきておるはずだが」


「はぁ」


 しばらく待つと、ドアが開いた。

 出迎えたのは、恐ろしく鋭い少女だった。

 なにが鋭いかと言われると、酷く答えに困るが。

 目つきが鋭いわけではないし、顔立ちが鋭いということはない。態度が刺々しいということもない。むしろゆるりとしていて、しなやかだ。しかし、鋭い。

 少なくとも、人目のないところではお会いしたくない雰囲気を醸し出している。

 思わず身構えさせるものがある。ハッキリ言って雰囲気だけでここまで物騒な人間と言うのも相当に珍しい。

 年齢は、ようやく高校生と言ったところか。その年代でこの雰囲気とは何かが間違っているとレンは思った。その何かというのはよく分からなかったが。


「愛凛澄よ、連絡は聞いておるな?」


「はい。どうぞお上がりください」


 少女は聚楽とレンを家の中に招き入れる。

 女性の家に上がり込むと言うことにレンは内心で緊張する。今は当人も女だが。

 廊下を通り抜け、リビングへと迎え入れられる。

 広々とした部屋だ。おそらく3LDKの物件なのだろう。

 内装はシンプルだ。ミニマリストなのか、物が少ない。

 年頃の少女らしさと言えばテレビ台の下に置かれたゲーム機ぐらいのものである。

 壁際に適当に置かれた日本刀であるとか、テーブルの上に置かれた手裏剣であるとか、どこの暗殺者かというような代物が目に付く。


「どうぞお座りになってお待ちください。いまお茶をご用意致します」


「そう構うな。水で構わん」


「あ、えっ、おかまいなく……」


「吾は手入れ用の油が欲しいのだが。椿油でよいぞ」


 天堂地獄が厚かましく要求する。

 それに少女は少しばかり驚いた顔をしたが、困ったように答える。


「申し訳ありません、椿油は用意していなくて……」


「む。丁子油派か。ならそれで構わぬぞ」


 どちらも伝統的な刀の手入れ油だ。天堂地獄は金属なので不自然な要求ではないだろう。


「この防錆スプレーを使っています」


 少女が棚から長期防錆とシンプルに銘打たれたスプレーを取り出す。


「……聚楽! この娘、刀の扱いがなっておらぬぞ!」


「なにかダメなのか。私も愛用している」


「師弟揃って刀の扱いが雑ではないか!」


「なんで刀を大事にせねばならん? わけの分からんことを言うな」


「物は大事にせよ!」


「む、それは至極当然の話よな。それゆえ、錆止めのために防錆スプレーを使っている。汚れたらちゃんとパーツクリーナーとかを使って汚れを落としているぞ」


「ぬぅ! ああいえばこういう! そなたら情緒とか風情とかそう言うのが分からんのか!」


「お、落ち着いて。あとで俺が手入れしてあげるから……」


「椿油! 椿油でなくては吾は認めんぞ!」


「わ、わかった。あとで探すから……」


 とりあえず天堂地獄の要求を呑んで黙らせる。

 レンはなんで俺は鳥の要求を聞いてるんだと悲しくなった。

 その後、少女が冷たいお茶を用意し、ようやく腰を据えて話がはじまる。


「まずだが、この者は元は男で……名はなんと言う?」


「篠瀬蓮治……でした」


「今は名を改めレンと言うことになっている。苗字は今後決まる。この者のヤツカハギのエージェントとしての指導をそなたに行ってもらう。その都合上、この者と同居することとなる」


「そうでしたか……蓮治さん、いえ、レンさんと呼ばせていただきますね。色々とお辛いこと、不慣れなこともあるでしょうが、私も御助力しますので」


「あ、い、いえ……そ、そう言えば、あの、えーと……」


「あ、申し遅れました。私は仁和寺愛凛澄と言います」


 珍しい名前だ。全体的に。


「仁和寺さんは、あの、俺と同居して大丈夫ですか?」


「大丈夫です。色々と捗りますから!」


「はぁ?」


 捗るって、なにが?

 レンは首を傾げた。

 聚楽は溜息を吐いた。


「レンよ、なにかあったら私に言え」


「え、あ、はい」


「不埒な真似をされたというなら、愛凛澄には切腹させる」


「なんで!? 仮にそうなったとしても、もうちょっと譲歩してあげてよ!」


「打ち首にしないだけ譲歩していると思うのだが……」


「江戸時代の武家か!」


「ともかく、愛凛澄がいつの間にか布団に入り込んでいたとか、無理やり風呂に入って来たとか、手籠めにされたならば私に言え。場合によっては即刻打ち首にし、私も自害する」


「被害が広がってるんだけど!」


「愛凛澄は私の弟子だ。弟子の不出来は師の不出来よ。腹を切って詫びるは至当であろう」


「なんでそうなるのかなぁ! どうして俺が襲われると二人死ぬんだ!」


「いや、うちの道場の師範たちにも腹を切らせる。よって被害者は五人よ」


「大惨事なんだけど!?」


 愛凛澄に襲われるわけにはいかない理由が増えてしまった。

 なんで自分に関係ない場所で五人もの生殺与奪を握らなくてはならないのか。

 まったくもって意味が分からないし、仮に分かるとしてもまっぴらごめんだった。


「大丈夫ですよ、レンさん。私にはお慕いしている男性の方がいますので、男性のレンさんには興味がありませんので」


「そ、そうですか」


「……レン、今のそなたは女であるからな。それを忘れるでないぞ」


「え、はい」


 なぜ念押しされたのか分からず、レンはとりあえず頷いた。


「はぁ……まぁよい。愛凛澄、合意のない真似を絶対にするでないぞ」


「大丈夫です」


「そなたの言う大丈夫はあんまり信用ならん……レン、本当に何かあったら私に言うのだぞ」


「は、はい」


「馬を用意しておくべきかもしれんな……まぁよい。レン、当座の資金として使え。これはヤツカハギからの支度金だ。エージェントとしての給料が支払われるまではそれで食い繋げ」


 そう言って聚楽が分厚い封筒を渡してくる。中身が仮に千円札だとしても、三十万は入っているだろう。万札なら三百万だ。


「な、なんか分厚いんですが……」


「異能者は金がかかる者が多いのでな。皆に支払われているので安心せよ。愛凛澄も貰ったはずだな?」


「はい。刀を買うのに使いましたが。やはり、刀は高いですからね」


「そう言うわけだ。そなたの場合、天堂地獄の手入れ以外は金がかからんであろうが」


「はぁ」


 とりあえずレンが封筒を受け取る。ずっしりとした質感だ。

 思わずレンが生唾を飲み込む。こんな大金を手にしたのは初めてだった。

 三十万にせよ三百万であるにせよ、どちらも手にしたことがない額だ。


「では、私は仕事があるので往くぞ。まったく、なんで私が……娘と遊ぶ暇もない……」


 ぶつぶつ言いながら聚楽が出て行く。若く見えるのに娘がいるのか……と内心でレンが驚きながら聚楽を見送ると、当然ながら天堂地獄と言う人に換算していいものかを除けば二人きりとなる。その事実を認識すると、途端にレンの内心で緊張が鎌首をもたげた。


「ところでレンさん」


「は、はいっ!」


「? レンさんは苦手な食べ物などはありますか?」


「え、えっと……特にないかな」


「なんでも食べられるんですね。今日はレンさんの歓迎会をしましょう。腕によりをかけますよ。あ、なんでしたら店屋物を取りましょうか。ピザとかでもいいですが」


 食べ物の話をされると、くぅ、とレンのお腹が鳴いた。

 おなかが空いている。病院で食べたおにぎりでは全然足りなかった。


「い、今はなんでもいいからお腹いっぱい食べたいかな……」


「ふふ、でしたら、食べ放題のお店にでもいきますか?」


「そ、それいい!」


 食べ放題。なんて魅力的な言葉だ。

 レンは今なら食べ放題の店を閉店に追い込める自信があった。

 五千七百キロカロリーと言う異次元の基礎代謝を持つレンは飢餓状態に極めて弱い。

 通常、摂取カロリーは成人男性で二千キロカロリー程度、カロリー消費が激しいとされる力士やシンクロ選手でも四千キロカロリー程度の摂取となる。レンはそれを更に超えている。平均的な成人女性が千五百キロカロリーほどなので、約四倍と言う凄まじい燃費の悪さだ。

 消化吸収能力も常人の範疇を大幅に超えているので、今のレンなら食べ放題の元を取ることはそう難しいことではなかった。通いつめれば閉店にだって追い込める。


「でも、その前にお洋服ですね」


「服?」


「ええ。その恰好で外に出るのは結構な勇気が必要だと思いますよ」


 レンが自分の姿を見下ろす。緑色の入院着だ。どう考えても外に出る恰好ではなかった。色々といっぱいいっぱいだったレンはその辺りが頭から抜け落ちていたが。


「幸い、私とそれほど背格好は変わりませんから、私の服をお貸ししますね」


「え、あ、うん……」


「レンさんには女装になりますね。でも、今後は必要なことですから、辛いことですけど、慣れてください」


「はい……」


 レンは泣きたかった。ジーンズとかのユニセックスな服を絶対に買ってやるのだと心に決めつつ。でも、場合によってはそう言う格好も必要なんだろうなぁ、とレンは泣きたくてしょうがなかった。フォーマルな場面に出ることがあれば、ドレスとかを着なくてはいけないんだろう、きっと。学生なら学生服と言う手が使えるが、その場合でも女子制服なので女装だ。


「こちらに」


 愛凛澄に連れられ、愛凛澄の部屋に入る。ベッドの他にはパソコン用のデスクと本棚があるだけのシンプルな部屋だ。そして、クローゼットを開けると、無数の衣服が姿を見せる。


「レンさんは独特な髪色をしていますね。インナーカラー、というんでしたっけ」


「えっと、俺がやったわけじゃないからよく分からないんだけど……」


「そうですか。一筋だけ前髪にメッシュが入っているのがいいですね。服も黒の方が……」


 愛凛澄がクローゼットからあーでもないこーでもないと服を取り出してレンに宛がう。

 レンはクローゼットの中身に言いようのないツッコミどころを感じる。


(なんで、セーラー服しかないんだ……?)


 デザインこそ違うが、セーラー服しかないのだ。セーラー服の上に羽織るのだろうカーディガンとか、防寒用らしいインナーセーターが多少あるが、それ以外は本当にセーラー服しかない。ズボンなんか一枚もないし、可愛らしいスカートも一枚もない。全て味気ない色合いのプリーツスカートだ。セーラー服と一緒に履くなら違和感はまるでないが、それこそが違和感だ。

 愛凛澄自身もセーラー服を着ている。今日は平日だと思われるので、単に学校から帰ってから着替えていないだけなのだと思っていたのだが、この調子だと私服の可能性が高い。


「えっと……仁和寺さん」


「愛凛澄でいいですよ。私もレンさんと呼んでいますし。どうされました?」


「どうしてセーラー服しかないの……?」


「私がセーラー服が好きだからです」


「そうなんだ……」


 それで私服を全てセーラー服で統一するのはさすがにおかしいのではないか。

 そう思ったが、レンは努めてその思考を忘れた。

 突っ込みたくなかった。裏界隈の人間はおかしい奴しかいないのか。

 自分もその仲間入りをしたのだと思うと、自殺したくなってくる。


「聚楽さんは普通の恰好だったのに……」


「ああいった格好をしているのは凄く珍しいですよ」


「え? そうなの?」


「あれはドレスコードがある店にいかなくてはいけない時なんかに仕方なく着る服ですね。普段は胴着と袴ですよ」


「胴着と、袴」


「ええ。仕事で出向く先がそう言う店なのではないでしょうか? 事前交渉に高級店に呼び出す人はそれなりに居ますから。高級店に呼びつけることで心理的なイニシアチブを取りたいんですよ。人としての程度が知れますけど」


 辛辣なことをさらりと言いつつ、愛凛澄が遂にしっくりくるセーラー服を探し当てたようで、レンにセーラー服を渡してくる。


「これが似合うと思います」


「あ、はい……」


 手渡されたセーラー服はシンプルな黒のセーラー服だ。スカートと襟に白のラインが入っていて、リボンが赤。たしかに髪の色と合わせると似合うのかもしれない。ファッションにうといレンではなんとなくそう思う程度しか出来なかったが。


「あ、着替えはこちらでしてください」


 愛凛澄の部屋の対面にある部屋に案内される。

 ベッドと、机が置いてあるシンプルな部屋だ。

 使われている様子は殆どないが、掃除はきちんとされている様子だった。


「お父様がお泊りになる時に使う部屋なのですけど、滅多に使いませんから。いずれもう一室をお父様のお泊りになる部屋にしようと思います」


「そうなんだ……」


 いずれ愛凛澄の父親と会うことになったらなんて挨拶すればいいのだろう。ルームシェアをしています! とか言えばいいのだろうか。

 そう思いつつ、とりあえず部屋に入る。愛凛澄も入って来た。


「あの?」


「よく考えたら着方が分からないかと思いまして」


「たしかに……」


 言われてみればそうである。その辺りのレクチャーからしてもらう必要がある。

 別に裸なんか見られたって減るものではないのだし、気にする必要はないだろう。

 まず病院着を脱ぐ。それ以外には何も着ていない。愛凛澄が食い入るように見つめていた。

 そうまで見られるとさすがに恥ずかしく感じ、レンは思わずあちこちを手で隠す。


「あ、あの……」


「あ、すみません。綺麗な肌をしていたもので。下着も無しとなりますと、ちょっと困りますね。少し待っていてください」


 愛凛澄が部屋を出ていく。全裸で待たされると、色々とつらいものがあるな……とか内心で思っているとすぐに戻って来た。手には女性用の下着……。


「新品の下着です。付け方は……」


「うう……パンツはさすがに分かります……」


「それが分からないとさすがに知能に問題があるというか……ブラの付け方は……」


「わからないです……」


 わかっていて堪るか、と喚きたくなる。

 愛凛澄はそうですか、と頷くと、セーラー服を脱いだ。


「えっ!? なんで!?」


 咄嗟にレンが後ろを向く。振り向きたくてたまらなかったが、頑張って抑えた。

 愛凛澄はなんと言えばいいのか、雰囲気が美しいのだ。刃物の方がまだしも遠慮しているくらいに鋭いが、それは鋭利な美しさに繋がる。顔立ち自体も整っており、相乗効果でとかくに美しい少女に見える。しかし、その鋭さは同時に危険さを感じさせる。振り向いたら目玉を潰されそうという不安が消えなかった。


「レンさん、ブラの付け方を実演しますから、こっちを向いてください」


「うえ、え、ええええ!? あ、あの、俺、元は男だよ!?」


「今は女ですけど」


「そ、そうだけど! でもあの、その、そう言うのってよくないと思うし!」


「私は気にしませんよ」


「お、俺が気にするの! た、たぶんこうつけるんでしょ!」


 レンが慌ててブラジャーを拾い上げ、腕を通すとホックをなんとなく引っかけ、それをぐるりと後ろに回した。なんとなくそれっぽい感じになった。


「違います」


「ええええ!?」


「実演しますから、ほら、こっちを向いてください。早く」


「で、で、でもっ、でもぉ!」


「女同士ですから大丈夫ですよ。はい、こっちを向いてください」


「ぐえっ」


 首を無理やりぐきりと曲げられる。

 それからのことは、あまりレンの記憶にはない。

 ただ、すげー綺麗だった、という小学生のような感想だけが残る。

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