こもる家人、トリ会えず

那由羅

トリが居着く理由

 いつ頃からかは覚えていない。

 気付けば我が家の周辺に、一羽のトリが住み着くようになった。


 巣がどこにあるかは知らない。

 でも、ピーピーヒョロロキョッキョッキョッという独特な鳴き声は、聞けばと気付く事が出来た。


 ここら辺は居心地が良いのか、トリは頻繁に顔を見せた。


 雨が降ると、家の軒下の柵に降り立ち、ピーピーヒョロロキョッキョッキョッと鳴く。

 この声がまあまあでかく、家の中にいる絶賛惰眠中の私を容赦なく叩き起こしてくれるのだ。


 また、鉢植えのセイヨウヒイラギの実がお気に入りらしく、寒くなってくるとよく家人の目を盗んで食べに来る。

 放っておくと新芽諸共根こそぎ食べられてしまうので、こちらもネットをかぶせるなどして観賞を長く楽しむ工夫をするのだ。


 また、我が家の玄関の屋根が巣を作るのにおあつらえ向きらしく、あの手この手で居座ろうと目論む。

 ほうきを手にした母との熱い小競り合いは、我が家の日常風景だった。


 小憎らしい、と思う事はあるが、あの鳴き声が聞けないのもそれはそれで寂しいものだ。

 布団を干しがてら耳をすまして探してしまうのだから、なかなか中毒性があるトリである。


 ◇◇◇


 先日、自宅で祖母が亡くなった。

 夫である祖父が亡くなり、十年以上時が過ぎた後の大往生だった。


 祖母が、葬儀社が手配した車に運ばれていくのを見守っていた───その時だった。


 ───ピーピーヒョロロキョッキョッキョッ


 思わず顔を上げてしまった。

 例のトリがいたのだ。


 陽気に囀る姿に、何かの嫌味か、とその時は思った。

 しかし葬儀の準備が進むと、何故かあのトリの事が気になりだしてしまったのだ。


 祖父は歌うのが好きで、一人でカラオケに出かける事がよくあった。

 家で歌う機会は滅多になかったが、お湯割りを飲みつつ陽気に囀る姿は、なかなかさまになっていたと記憶している。


 また祖父は、草むしりを頻繁にしていた。

 植物が駐車スペースを遮ってしまうのを嫌っていて、咲いた紫陽花を根こそぎ刈ってしまう徹底ぶりだった。


 よく祖母は、『おじいさんがお迎えにこない』と嘆いていたが。

 祖父は、蒸せる雨の日でも冬の寒い夜でも、家の外でじっと家族の帰りを待っていてくれる人ではなかっただろうか。


 祖父の生前を思い出し、トリの事を想う。


 あのトリは、祖母に聞こえるように外で鳴き続けていたのではないか?

 あのトリは、祖母の目に留まるように家の側に居着こうとしたのではないか?


 耳が遠く、日がな一日家にこもっていた祖母には、トリの振る舞いは分かりにくかったかもしれないが。


 もしかしたら、あのトリは───


 ◇◇◇


 あれ以降、あのトリの鳴き声は聞こえない。

 もしかしたら、もう鳴く必要はなくなってしまったのかもしれない。



 〜こもる家人、トリ会えず〜 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こもる家人、トリ会えず 那由羅 @nayura-ruri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ