反撃開始?

みどり

会えないさみしさ

シルビアは元王女。現在は第三騎士団の隊長をしているガンツの妻だ。シルビアは魔法の天才で、武術の心得もあった。結婚に魅力を感じなかったシルビアは、父を説得(言いくるめるとも言う)して自分に勝った男と結婚すると宣言した。


誰も自分に勝てない。これで結婚しなくて済むと思っていたシルビアの前にガンツが現れた。シルビアに一目惚れしたガンツは1年後、見事にシルビアを打ち負かし彼女にプロポーズした。


夫が大好きなシルビアは、夫を馬鹿にする者が許せない。シルビアは魔法を駆使して、夫に言いがかりをつける貴族達を粛正した。魔法を上手に使い、傷ひとつつけず心を折り続けた。


父である国王も、シルビアに甘い。


しかし、シルビアを叱れる者が3人だけ存在していた。ひとりは夫のガンツ。だが彼はシルビアに甘く、余程でなければ彼女の暴走を止めない。


もうひとりは兄であり王太子のフィリップ。妹に振り回されて強くなった兄は、時に厳しく妹を叱る。


最後のひとりは、シルビアが赤ん坊の時から世話をする侍女のマリア。マリアは仕事を辞めて、隣国に移住する。


表向きは。


だが、マリアは夫のレオナルドと共に諜報員として隣国へ行く。隣国の隣には大陸一の大国、帝国ゴルドがある。


帝国ゴルドの第一皇女が王太子のフィリップ宛に危険物を送って来たのが5日前。シルビアとマリア、マリアの夫のレオナルドは引越しと称して国を出て、隣国に居を構えた。


元王女のシルビアがついて行ったので不審に思った帝国の間者がシルビア達を見張っていたが、ただ馴染みの侍女に甘える元王女に問題はないと判断したらしく、すぐにいなくなった。


魔法で監視していたシルビアは、間者がいなくなると念のため防音結界を張りマリアとレオナルドに報告する。


「もう監視はありませんわ。ああ、それにしてもガンツ様と離れてもう4日です。寂しくて辛いですわ!」


「あちらは今頃大変でしょうし、あと少しの辛抱ですわ。それにしても……姫様とお呼びできないのは辛いですわ」


「今は結界を張ってるから良いけど気をつけて。姫様なんて呼んだら目立つでしょ。様付けも駄目。貴族と思われちゃうわ」


「分かっております」


「妻は長年仕えたシルビアさんを大切に思っておりますので、なかなか呼び名が抜けないのです。お許しください」


「今ここで一番身分が高いのはレオナルド様ですよ」


「そうでしたね。ガンツ様が貴族になれば別でしょうけど。すぐではありませんか?」


「ガンツ様は貴族にならないわ」


「そうなのですか?」


「ええ、ガンツ様は貴族がお嫌いなの」


「……それでよく、姫様……いえ、シルビアさんの結婚相手に立候補しましたわね」


「……言われてみれば……そうね」


夫との馴れ初めに小さな疑問を持ったが、今は仕事だと切り替え、マリアとレオナルドの新居に転移陣を作成したシルビア。


利用者をマリアとレオナルド、シルビアの家族に限定して設置した。


「これで城にすぐ戻れるわ。あと……ここからなら帝国に転移できるわね。あそこはこの国と違って魔法が発達しているから、気を付けないと」


「ひ……シルビアさん、やっぱり私も……」


「ダーメ! わたくしひとりならどうとでもなるけど、いざという時にマリアを守れない」


「うう……そうですよね……」


シルビアについていけるのは、ガンツくらいである。マリアが落ち込む必要はない。


「マリアはマリアの仕事があるから。シルビア様、頼みますね」


「ええ、お任せ下さいな」


シルビアはすぐに帝国に転移した。着いた瞬間、甘い匂いがシルビアを包む。


「うわ……なによこれ」


シルビアはすぐさま魔法で結界を張り、姿を隠した。


帝国で一番大きく、優雅な建物が真ん中にある城下町の人々は、目が虚だった。


「この匂い……お兄様に送ってきたものと同じね……ああ……まずいかも……」


意識が消えかけたシルビアの前に、愛しい夫が現れた。


「シルビア! 無事か?!」


「ガンツ様?! どうしてここに?!」


「これのおかげだ」


ガンツが指差したのは、シルビアの胸に光るブローチ。


シルビアは、ガンツの誕生日に魔法を付与した剣の飾り房を贈った。ガンツが危険に晒された時、シルビアに通知されすぐに転移できる効果がある。


自分が贈ったブローチを失くさないようにと様々な魔法を付与するシルビアに、同じ効果を付けて欲しいと頼んでおいたのだ。


そんな事すっかり忘れていたシルビアだが、ガンツはしっかり覚えていたし、国王と王太子に報告もしていた。大切な娘や妹を危険な任務に就かせたのも、安全を確保していたからだった。


王太子であるフィリップは、妹に少し甘い。国王は娘に甘く、ガンツは妻に激甘だった。


「シルビア! 外傷がないということは、魔法か?!」


ガンツの顔を見たシルビアは、全力で魔法を繰り出し自身にまとわりつく煙を分離。結界の外に追い出した。


「ガンツ様の顔を見たら、変な魔法なんて吹っ飛んでしまいましたわ!」


顔を見るだけで厄介な魅了魔法を弾き飛ばすシルビアに、ガンツはホッと胸を撫で下ろした。


心配しすぎた自分を誤魔化そうと、妻を揶揄う。


「そうか。なら口付けはいらないか?」


「いる! いりますわ!」


「離れてる間、気が気じゃなかった。もう離さない」


「わたくしも、寂しかったですわ。もうはなさないでくださいまし」


敵地でいちゃつくなと言いたいが、残念ながら結界の中なので目撃者は誰もいない。


ひとしきりいちゃついた後で、ふたりはニヤリと笑った。


国中で一番強い夫婦の、反撃の始まりだった。

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