🌳卒業

🌳三杉令

あなたは何から卒業したいですか?

 卒業の日、とある中学校の三年生の教室。春の柔らかな陽ざしが揺れる。担任の武田先生が教壇から三十人の生徒、つまり私達に向かって話し始めた。


「みんな、これが最後のホームルームだ。寂しくなるな」

「先生……」


 私、『斉藤あえず』は、このクラスの学級委員長です。なぜこのような名前か? 察してください……。武田先生は少し熱い先生で、興奮すると握手をしたり頭をなでるなど要らぬスキンシップをしてしまう悪い癖があります。


「尾崎は最後も休みか。全員揃っていないのは残念だが、とりあえず一人ずつ最後の挨拶をしてくれ。委員長は最後な」


 一人ずつ立って挨拶し始めました。涙ぐんでいる女子もいます。私と尾崎ユカと斉藤有希は三人ずっと仲良しでした。ユカはいい子なのですが反抗心が強くて武田先生をすごく嫌っています。すぐにベタベタ触ってくるのが生理的にダメらしいんです。わかります。その気持ち。もう一方の有希は私と同じ苗字で、すごく可愛い子です。武田先生が彼女をエコひいきするので、ユカはそれも気に入らないようです。最近は学校に来なくなりました。


 有希の番だ。その次はいよいよ私だ。


「斉藤有希です。中学生活はいい思い出になりました。ありがとうございました」


 有希が着席すると先生が言った。


「トリ、あえず。最後だから何でも言いたい事を言ってくれ。よろしく」


「斉藤あえずです。みなさん一年間、お世話になりました。楽しかったです。尾崎さんがここに居ないのは寂しいですが、彼女を誘ってまた皆さんと、楽しいことをしたいです。高校に行っても仲良くしてください。それから武田先生。機会があったら尾崎さんと仲直りしてください。このまま卒業なんて……」


 その時、窓の外を見て有希が叫んだ。


「みんな、ユカが来たよ!」


 尾崎ユカは一人でとぼとぼとグラウンドを横切って歩いてくるところだった。クラス全員が窓のところに行って、グラウンドを歩くユカを見下ろした。

 次の瞬間、武田先生が教室から飛び出した。


「先生!」


 窓から慌ててグランドの方に走って行く武田先生の姿が見えた。もしかしたら先生とユカはここで仲直りして、わだかまりなく卒業が出来るかもしれない。あえずは期待に胸が膨らんだ。他の教室からも生徒が窓から顔を出した。卒業の日の名シーンを学校中が期待した。


 武田先生が尾崎ユカの前で土下座するのが遠くに見える。ユカはそんな先生の姿をを少し見下ろしていたが、しゃがんで先生の肩をポンポンと叩いた。学校中から拍手が沸いた。ここまではとても良かった……


 先生は優しく許してくれるユカを見上げてゆっくりと二人で立った。何か一言二言話している。その直後! 先生が急にユカを抱きしめた。やってくれた。


 ユカは全力で先生の手を振り払い、強烈なビンタを見舞った。そして泣きながら走って去っていった。


「武田先生……あなたって人は最悪」

 あえずは呟いた。


 教師・武田はグラウンドの真ん中で、叩かれた頬に手を当て茫然と一人立ちすくんでいた。


 グラウンドに春の無情な風が吹き抜けた。

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🌳卒業 🌳三杉令 @misugi2023

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