部室.4
〝ゲーム〟は久世阿儀人と八木詩葉を含めた八名を二グループに分けて行われる事になった。ただし組分けはランダムではなく、人数も等分ではなかった。
村瀬星那、飯村善吾、八木詩葉。…他の部員の方々には失礼な表現になってしまうのだが…現演劇部の主力といって差し支えないだろう、中々に錚々たるメンツ。そこに自身を含めた四人組と、残りの部員の方三名で構成されたもう一組。
各々用意された、円状に配置されたパイプ椅子。各グループ二手に分かれ、各員椅子に腰を下ろす。特段何か思考するでもなく、自身が選んだ席は八木の対面。左手に飯村、右手側に村瀬という位置関係。…。今再び助平呼ばわりされるのもどことなく釈然としない為、視線を動かす事なく、正面の八木の姿を見るでもなく見やる。と、ぱちりとがっぷり目が合う。
「……」
ぱたぱたと小さく手を振りながら、にまにまと緩い笑みを浮かべてくる。どういう情緒なのだろう。
「灯さんにはゲームの進行役をやって貰います。参加させてあげられなくてごめんね」
村瀬が少しだけ申し訳なさそうに頭を下げる。その言葉の矛先…岩動さん自体に気にしている様子はなく。未だ少なくない緊張の残り香こそ漂わせど、ゲーム実施を通達された直後よりも随分と顔色が優れている。キャストだ裏方だ、という問題以前に対人コミュニケーションそのものがあまり得意ではないのかも知れない。
「じゃ、ここからの説明はよろしく!」
「え、えぇぇ」
しかしながら。不得手である事を理由に進行役へと逃した訳でもないらしく、そこは毅然とした態度で厳正に役割を申しつける辺り、優しくも厳しくと言ったところか。残る説明を岩動さんに託して、村瀬もまた皆と同じ様着席する。
しばし緊張と動揺の様子を窺わせたのち、意を決したように岩動さんが二グループの丁度中間辺りに進み出て、説明を始める。
「えと、まず〝回答者〟を選んで頂きます。〝回答者〟は、と、こちらの二つの箱から一枚ずつ紙を引いてください」
「やりながら見せようか、私からでいいかな?」
岩動さんの説明の中途で村瀬が言う。拒む理由はさらさら無く、無言のままの承諾を受けて、村瀬が岩動さんの元へと向かう。
「そちらも先鋒を選んでね」
道中彼女に促され、もう一つのグループからも一人、男子生徒が進み出る。
「引いた紙にはそれぞれ〝お題〟と〝好き・嫌い〟どちらかが記載されています。〝回答者〟の方は持ち時間三分で〝お題〟について、〝好き・嫌い〟どちらか…記載された方の立場でその理由を述べてください。〝回答者〟の持ち時間が終わりましたら、グループの他の方は一人一つずつ、順番に〝回答者〟に質問をして下さい。全員の質問が終了したら答え合わせ…〝回答者〟の語った〝好き・嫌い〟が本当か嘘か、グループの方に解答していただきます」
…要は回答者の発言、その真偽を見極めろというゲームであるらしい。…お題目によっては不和を呼び込みかねないルールだが、当然そこら辺は対策済みなのだろう。
説明を終えた岩動さんから、再び視線を正面の八木へと移す。と、その視線は思い切りこちらへと向けられっぱなしだった。
「……」
相変わらずの笑みである。自信の表れだろうか。
「それでは、開始します。どうぞ」
岩動さんの言葉を合図に、席に戻った〝回答者〟が話を始める。
「それじゃ、お題目が…〝ホラー映画〟。これは嫌い、と言うより苦手に近い感覚なんだけどね…」
お題目はなんとなくベタなところ。村瀬がすらすらと、嫌いな理由を述べていく。その様子をぼんやりと眺めながら…今後について考える。
想定外のリアクションが多く…尚且つ若干以上にその場の流れに任せるままではあったものの。現状はそう悪いものではない。
部分的とはいえ、演劇部の主要な面子の人と
「参考にする…なんて言い方はいささか烏滸がましい限りではあるけれど、勉強の一環として鑑賞はするんだ。けど、まぁ、怖いものは怖いと言ったところなのかな。少しばかり小恥ずかしい話ではあるんだけどね」
飯村善吾が明確に示した嫌悪感。あれはしかし、何も彼が特別に感じている忌諱感などではないだろう。おしなべて、彼が示した悪感情こそ本来、演劇部から久世阿儀人へと向けられるには余りにも相応しい。それらを一切隠すことなく、あまつさ本人に明示する辺り、飯村に関しては寧ろ久世阿儀人に対して真摯であるとすら言える。
とはいえ。毛嫌いされる事はまるで問題ではないものの、事今回に限った話をするならば、これは残念ながらマイナスに働く。
全てのケースにおいて、とは言わないが。概ね他人同士の聞き取りには、一定の好感度が必要となる場合が多い。短時間で築く事の出来ない信頼…その代替となる好意を糧にして情報の集積を行う。特別なことではまるでなく、故にその欠落は致命的な弊害となる。
とは言えごちても仕方がない。どうしたって自らの評判、向けられる嫌疑が好転するでもない。
結局のところ人の立ち位置なんてものはそう容易く変わるでもなし、どちらにしろその只中でもがく他はない。
「特に苦手なのは、和製ホラー…それも古めかしくておどろおどろしいやつ。単純にこちらを驚かせてやろうって意図が透けるようなジェットコースター系はまだ平気なんだけど、ああいう人間の腹の底から滲み出した様な恐怖ってのは…心底苦手かな」
悠々語る姿に、再度焦点を。
取っ掛かりとするならば、やはり村瀬か。
些か安易な人選にも思えるが、現状久世阿儀人への嫌悪を『概ね』隠し仰ている彼女と接近するのが、恐らくは一番容易い。理由はいくつかあるが…その多くは彼女の責任感に由来する。プライド、と言い換えても障りないかもしれない。
村瀬星那が久世阿儀人へと向ける嫌悪の程度は、飯村善吾のそれとそう遜色はない。但し恐らく、余程の事がない限り彼女はそれを表には出さない。
根拠と呼べる程の明確な理由は存在しない。大部分は動向からの推察。故に思考が全くの的外れである可能性も否めない。そう考えながらもしかし、自身の内には確信めいた感覚が厳然とあった。
村瀬星那の人格の核心は、いっそ苛烈なまでの自負。膨大なまでのプライドを支える努力、故にこそ強固に積み上げられた堅牢な自尊心。
——
他人の本質を推し量る術など、この世にはない。それこそ、何らかの超然たる異能の類でも有さぬ限り不可能。なればこそ、見据えるべきは上澄み。表情、動向、言動。発信される諸々は根底の発露。そこから当該人物の性質を推察する。
久世阿儀人に、人より秀でるものなど有りはしない。勉学も運動も良くて人並み。優秀と称賛されるに値する何某かなどは、何一つとして存在しない。持ち得るは怪奇な異能ただ一つ。そしてその弊害と言って障ないだろうが、もう一つ。漏れ出した本質の上澄み…発露した感情に対しての感覚だけは恐らく、人並み以上に鋭敏であると思う。無論総じて、悪感情に対してのみではあるが。
——
村瀬が久世阿儀人への応対を軟化させている理由は、周囲の部員の目があったからこそだろう。彼女の一瞥と、その後自身へと向けられた言動の境界には『嘘』が紛れ込んでいた。勿論それは彼女自身の善性に依るところが多いのも事実であるし、相手が久世阿儀人である以上、抱いた嫌悪を咎める事は到底出来ない。
なればこそ、利用する。
彼女が一度吐いた、細やかな『嘘』。
【久世阿儀人に対しても平等に接する】というその『嘘』を、こちらは最大限活用する。
嫌悪を示さず、嫌疑を出さず。そうした行動へと自身を縛り付けたその『嘘』にこそ、付け入る隙がある。
「………」
ふと。心底げんなりする。
目的の為に人の顔色を窺って。嫌悪を抱かせている事を承知の上で、それをひた隠そうとする善性につけ込む。我ながら救いがたく、ほとほと呆れるほどの悪性だ。
だが、それはなにも今回に限った事ではない。久世阿儀人を知りながら…その上で言葉を交わした全ての人等の顔に浮かぶ、憎悪・嫌悪・忌諱。そんなものにはもう慣れっこではあるし、繰り返すが、そんな感情を抱かせてしまった事への非はこちらにある。落胆も反感も無く、しかしてそれでも久世阿儀人もまた社会に生きる人間である以上、一定の他者との関わりの一切を断つ事は出来ない。だから、間隙を縫う。悪感情の嵐の只中を掻い潜りながら、頭を屈めて生活する。それこそが常であり…故に罪悪感についてはそれほど。そもそも、悪感情を含まない相手との会話など、もう忘れるほど久しく———
「………」
はた、と。
この瞬間まで抜け落ちていた疑念に、今更ながら改めて思い当たる。悪意を混えぬ言葉を交えた…そんな記憶が忘却の彼方であるなど、そう言えば確かに思い違いだ。極最近、極めて直近。そんな言葉を、俺は確かに交わしていた。
八木、詩葉。
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