【短編】UMAハンターの道

Edy

お題『トリあえず』

 ジョンバナーマン探偵事務所に変わった依頼が入った。それは一枚のカードに殴り書きされていた日本の歌だった。


 うみわたり あさひおいかけ とりあえず

 ふかきたにぞこ ほのおねむりし


 ジョンはちらりと見ただけで興味なさげに顔を上げる。


「日本語か。読めんことはないが意味はわからん」


 ジョンはカードを指で挟み、スナップを効かせて飛ばした。空を切るカードは、相棒であるバナーマンのデスクの上に落ちる。


 バナーマンはカードをつまみ上げた。


「まあ、聞け。こいつはお宝の在り処を示している」

「宝だと? 眉唾物だな」


 ジョンはデスクに座り、バナーマンからカードを取り上げる。今度はじっくり目を走らせ、片眉を上げた。


「それで、意味は?」

「興味でてきたなら自分で調べてみろよ」


 教えてくれてもいいだろ、とボヤキながらジョンはカードの写真を撮り、翻訳ソフトにデータを食わせる。答えはすぐに返ってきた。


 海渡りcross the sea

 朝日に向かいtowards the sunrise

 とりあえずmakeshift

 深き谷底deep valley

 炎眠りしfire is sleeping


 ジョンはそれを見て、渋い顔で立ち上がる。


「ひどい内容だな。どこの谷底だか知らんが行けっていうのか? 寝言は寝てからにしてくれ。とりあえずmakeshift俺は帰って寝る」

「待て待て。これを書いたのは日本人のコウシロウ・テヅカ。150年ほど前、アメリカに来たそうだ」

「日本からだと朝日の方角へ海を渡ればそうなるな。それにしても、とりあえずアメリカとは、相当暇なのか――」


 ジョンの言葉をバナーマンが引き継ぐ。


「それだけの価値があるのか、だ。お前にとってもな。だいたいの当たりはついてる」


 バナーマンの熱意に当てられたのか、ジョンのやる気に火がつく。


「話してみろよ」

「このメッセージ、日本では短歌と言うらしいんだが、これを手がかりにテヅカの足取りを追った」

「150年も前のか? よく追えたな」


 ジョンは感嘆の声をあげ、バナーマンは軽く肩をすくめてみせる。


「砂漠でヒッチハイクするよりは簡単だったさ。アメリカに渡ったテヅカはカルフォルニア辺りをしばらく拠点にしていたらしいが、内陸へと足を運んだ」

「ビーチで遊んだあとはベガスでカードってわけじゃないんだろ?」

「ベガスか。良い線だ。テヅカの目的地から近いぞ」


 バナーマンはデスクの上に地図を広げた。そこにはアメリカ西部が広がっており、太い指が、とん、と置かれる。


 その地点を見てジョンは納得した。


「グランドキャニオン。確かに、あそこ以上に深い谷はない。教えろ。テヅカはそこで何を求めた?」


 バナーマンはニヤリと笑い、地図の上に金属の箱を置く。慎重に蓋を開けると、中にはクジャクの羽根が一枚あった。


 それがただの羽根ではないとジョンにはわかる。かすかに光を放っていて、炎のように揺らいで見えた。


「これは……まさか」

「そう。不死鳥フェニックスの羽根だ」

「輝き具合からしてほとんど力を失っているが、良く手に入れられたな」

「テヅカは不死鳥を追ってグランドキャニオン中を歩き回り、生涯かけて手に入れたのがこれだ。羽根は人の手を渡り歩き、とある資産家のもとにたどり着く。俺は彼からの依頼で、借りてきたってわけだ」


 ジョンは腕を組んで黙る。そして口を開いた。


「その資産家が真に求めているのは長寿。いや、不死か。どっちにしてもこの羽根では足りない」

「そうだ。彼は不死鳥の血を求めている」

「話はわかった。しかし、すでにテヅカが見つけていれば、不死鳥はグランドキャニオンにはいない。その可能性もあるだろう」


 不死鳥は同じところに留まり続ける。居処を変えるのは人に見つかった時だけだ。その習性をジョンは知っている。そして血を奪うには殺すしかない。勝負は一瞬だ。逃せば不死鳥はすぐに灰になり、別のところで蘇る。


 テヅカが不死鳥を見つけたなら血を求めるだろう。そうなれば、そこにはいない。


 しかしバナーマンは問題ないと言う。


「テヅカは不死鳥を見つけていない」

「なぜ、そう言える?」

「さっき教えた短歌の訳だが、翻訳ソフトの、とりあえずmakeshift、は間違いだ。正解は、トリ会えずcan not meet the bird。つまり、テヅカは不死鳥を捕まえられなかったのさ。その証拠にヤツの墓は今でもベガス郊外にある」


 ジョンはバナーマンの話をひとつひとつ精査する。どうやら信憑性は高い。テヅカ以外の誰かが見つけている可能性はなくもないが、それなら耳に入っているはず。雪男ビッグフッドが現れた時以上のお祭り騒ぎになるのは間違いない。


 火が灯ったかのように目をかがやかせるジョンに、バナーマンは言った。


「グランドキャニオンは馬鹿みたいに広いが、お前がこの羽根を持っていけばなんとかなるだろう」

「そうだな。すぐに立つ」


 ジョンは懐に羽根をしまい、バナーマンに背を向ける。そしてグランドキャニオンを目指した。


 それから二週間が過ぎた。


 ジョンは戻ってきはしたが、服も顔もヨレヨレだった。


 それにかまわずバナーマンは尋ねる。


「首尾は?」

「落としどころとしては十分だろ」


 ジョンは懐から不死鳥の羽根を出し、無造作にデスクの上へ落とす。それは持って行った羽根とは違って燃えるように輝いていた。


「よくやった、ジョン。どのぐらいの力がある?」

「健康な体なら寿命を20年ほど永らえさせるだろうな。依頼主は満足してくれそうか?」

「問題ない。首を縦に振らせて見せる。さて、大金が入ることだし、前祝にパーッとやろうじゃないか」


 バナーマンは大喜びだが、ジョンの顔は暗い。


「そんな気分じゃない。不死鳥はいたが、あれは俺が求めるヤツじゃなかった。テヅカが言うところの、鳥会えず、さ」

「今回の不死鳥がハズレでも次は当たりだろうよ。なんせワシントン条約で真っ先に保護されてもいいほど数が少ないからな」

「それだけに次がいつになるかわからない」


 うなだれるジョンの肩をバナーマンが力強くつかむ。


「大丈夫だ。俺が助けになれなくても、俺の子や孫がお前を支え続ける。曾祖父からそうしてきたようにだ。ジョンが不死鳥に血を返して人に戻れる、その日まで」


 その言葉は真剣そのものだった。バナーマンの目には不死鳥のように消えることがない火が宿っている。


 ジョンはそんなバナーマンが朝日のように眩しく思えたが、目をそらせずにいた。


「気が遠くなるほど先の長い話だな」

「お前の相手をし続けているバナーマン家の気の長さほどじゃないさ」

「気が長いとはバナーマン家おまえたちに言ったんだ。まったくお人好しの血筋だよ。……正直、受けた恩をどうやって返せばいいかわからない」

「それなら簡単だ。今日は付き合え。ぶっ倒れるまで飲ませてやる」


 にこやかに笑うバナーマンにつられて、ジョンは頬を緩める。そして言った。


「わかったよ。しかし、あとにしてくれ。今回は歩きづめで疲れた。とりあえずmakeshift寝る」


 ジョンは事務所のソファに寝転る。


 安らかな寝息を立てるまでさほど時間はかからなかった。

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