エピローグ 楠葵先輩は最高の先輩である
第38話 なにより優ちゃんの友達だから
葵と和解した次の日。
優が寮の外に出ると、そこにブラウス姿の葵が立っていた。
ブラウスがはじけ飛ばないか心配になるぐらい、葵の胸元はパンパンだ。
「おはよう優ちゃん」
「おはようございます葵先輩……ってどうしてこんなところに葵先輩がいるんですか」
別に約束したわけでもないのに、寮の前で待っていた葵に優は驚きを隠せないでいた。
「最近優ちゃんと話せていなかったら。少しでも優ちゃんと話したくて、来ちゃった」
そういう葵は茶目っ気に舌を出す。
そんな葵も可愛かった。
「うふふ、驚いてる優ちゃんも可愛いわ」
葵はご満悦である。
葵に笑顔が戻ったのは優としても本望のため、嬉しかった。
「葵先輩の『来ちゃった』と言って舌を出した顔の方が可愛いです」
「なに優ちゃん。そんなに可愛い顔を何度も見せてくれるなんて。今日の運勢は間違いなく一位ね。占い見てないけど」
葵の真似をした優の顔を見て、さらに葵の心が撃ち抜かれる。
今日の葵はとても幸せそうだ。
「今まで話せなかった分、たくさん思い出を作っていくわよ優ちゃん」
「はい。また忘れなければ良いですけどね」
「そ、それは反省してるわ。優ちゃんの意地悪。なんか急に意地悪になってない?」
「私と葵先輩は友達ですから。意地悪ぐらいしちゃいます」
意地悪をされた葵が頬を膨らませて抗議する。
そんな葵も可愛いと思ったことは葵には内緒である。
「それじゃー私も意地悪しちゃうからね。おりゃ」
「わっ」
「どうかしら。私の意地悪は。汗臭いでしょ」
「それは女子としてやっちゃダメな意地悪ですよ」
「あっ……ごめんなさい。確かにこれは女子としてやっちゃダメよね」
葵は汗臭い臭いをかがせて優に意地悪をしようとしたがそれは女子としてやってはいけないことだろう。
最近、葵に抱きしめられる回数が多い気がするが、急に抱きしめられたせいで優は思いっきり優のおっぱいの匂いを嗅いでしまう。
確かに葵は汗をかいていたが不快な汗臭さはなく、むしろ石鹸の良い匂いがした。
葵もそのことに気づいたらしく反省している。
「異性に汗臭い臭いを嗅がせるって確かに先輩として最低だったわ」
「別に葵先輩は汗臭くないので落ち込まなくて良いですよ。むしろ葵先輩からは良い匂いがしましたから」
葵が結構落ち込んでいるので優はフォローの言葉をかける。
葵が汗をかいているが汗臭くないのは本当だ。
「自分ではそうは思わないけど」
自分の匂いは自分では分からないものだ。
その後、優は葵と一緒に学校へと向かう。
学校に着くと実乃里たちカップルと愛音と出会う。
「良かった~。二人とも仲直りできたんだね~」
二人が仲良く登校して来た姿を見て、実乃里が安心した表情を浮かべる。
「良かったな葵。中村さんと仲直りができて」
「うん。ありがとね瞳。瞳のおかげで優ちゃんと仲直りができたわ」
「……優ちゃん?」
「今、楠先輩、中村のこと優ちゃんって呼びましたよね」
「私も聞いた。いつの間にそんなに親しくなったんですか」
葵が優のことを『優ちゃん』と呼んだ瞬間、瞳は自分の耳を疑い、愛音と実乃里が質問責めをする。
「仲直りした後よ。私たち友達だから名前で呼ぼうって私から提案したのよ」
葵は簡潔に名前呼びになった経緯を話す。
「楠先輩だけズルいです。中村、あたしも優って呼んで良い? あたしのことも愛音って呼んで良いから。優のことは友達だと思ってるから」
「私も優ちゃんって呼びたい。私も実乃里って呼んで」
「二人とも良いよ。これからよろしくね愛音ちゃん。実乃里ちゃん」
愛音と実乃里の申し出は優としても願ったり叶ったりだった。
優自身もいつか愛音や実乃里のことを名前呼びをしたいと思っていたが、そのタイミングが分からなかった。
さん付けからちゃん付けになっただけで、前よりも親しみやすくなった気がする。
「瞳は優ちゃんのこと名前で呼ばないの?」
「別に苗字のままで良いだろ。逆にあたしが中村さんのことを名前で呼んだら中村さんが困惑するだろ」
「そうかな~?」
一年生が呼び方で盛り上がっている中、葵と瞳がなにか話していたが、盛り上がっていたせいでなにを話していたかは分からなかった。
「そう言えば今日提出の化学のプリント解けた? 結構難しかったよね」
「難しかったからあたし白紙だわ。実乃里、少し回答見せて。四割ぐらい回答埋まってないと内申点下がるから」
「自分で解かないと自分の力にならないよ。自分で解きなさい」
「……化学のプリント……あっ、忘れてた」
実乃里と愛音の会話で思い出したが、今日は化学のプリントの提出日だった。
葵と色々あったせいですっかり忘れていた。
「珍しいね優が忘れ物するなんて」
「確かにそうだね。愛音ちゃんと違って優ちゃんが忘れものするなんて」
「そこ、あたしをいじる必要あった?」
愛音も実乃里も優が忘れ物をしたことに驚いていた。
「任せて優ちゃん。私がすぐに持ってきてあげるわ」
「いやでも葵先輩。もう五分もないですよ。それに歩いて片道十分もかかるんですから。もう間に合わないですよ」
「五分もあれば大丈夫よ。三分で戻ってくるから鍵を貸してちょうだい」
「……分かりました。お願いします。でも無理はしないでくださいね」
「大丈夫よ。先輩の私に任せてちょうだい」
優のピンチを聞きつけた葵が、取りに戻ると言っているがそれはさすがに不可能だろう。
優の寮から学校まで片道十分はある。
約片道八百メートル、往復一・六キロあるということだ。
それに葵はスカートでローファーである。
普通に人間が走って戻ってこれる距離ではない。
だから葵の申し出を断ろうとするものの、葵は自信満々な表情を浮かべている。
こうなった葵は引き下がらないことは経験上知っている。
だから優は葵に鍵を渡す。
鍵を渡された葵はなぜか嬉しそうな表情を浮かべ、全速力で優が忘れてプリントを取りに戻った。
そして有言した通り葵は三分以内に戻って来た。
「お、おまたせ……優ちゃん。これで合ってるかしら」
「合ってますけど、よく戻ってこれましたよね。結構距離ありましたよね」
「だって私は優ちゃんの……先輩で友達だから……これぐらい可能よ」
葵は息を切らしながら優にプリントを手渡す。
体中から汗も出ていて、本当に辛そうである。
「マジであの距離三分で戻って来たんだ。ヤバくない」
「楠先輩って時々人間離れしてるよね」
「葵は人間の皮をかぶった化け物だからな」
「ちょっと人のことを化け物扱いするってひどくない」
葵の化け物じみた身体能力に引いていたのは優だけではなかったらしく、愛音も実乃里も引いていた。
唯一、瞳は慣れているらしく今さら驚いてはいなかった。
「葵先輩、ありがとうございます。またお菓子作って来てあげますね」
「ありがとう優ちゃん。これからもなにか困ったことがあったら私を頼ってね。私頼られるのが好きだし、なにより優ちゃんの友達だから」
プリントを持ってきてもらったのにお礼を言っていなかったことに気づいた優は葵にお礼を言う。
その時の葵は朝日に汗が照らされ、最高に可愛く綺麗だった。
楠葵先輩は頼られたい 黒姫百合 @kurohimeyuri
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