第36話 ……なんで二人ともニヤニヤしてんの~


 葵が瞳に相談していたその頃。

 優は教室でため息を吐いていた。


 分かっている。


 葵がなにも覚えていないなら優も葵にキスをされたことは忘れれば、きっと今まで通りでいられる。


 そうすれば、今までのように楽しい先輩、後輩でいられる。


 だが優は葵のキスをなかったことにはできなかった。


 それぐらい優にとって葵とのキスは特別だったのだ。


「中村、ちょっと良い?」


 愛音が優に話しかける。


 その表情はとても心配している表情だった。


 愛音の隣には実乃里もいて、愛音同様実乃里も心配そうに優のことを見つめていた。


「うん、良いけど」


 きっと二人とも優のことを心配して声をかけてきてくれたんだと思う。

 そんな二人の優しさを無下にすることはできなかった。


 二人は優を人気のない階段へと連れていく。

 他の人の耳に入らないように配慮してのことだろう。


 本当にこの二人は優しい。


「さてと。中村、楠先輩となにかあったの?」

「愛音ちゃん、ストレートすぎるよ。中村さんって今、なにか悩んでるよね。もし言えることだったら教えてほしいな。私も考えるから」

「いや、あんなに毎日ため息ついててなにも悩んでなかったらそっちの方がヤバいでしょ」


 ストレートに聞いてくる愛音とオブラートに包んで聞いてくる実乃里。

 聞き方は真逆だが、二人とも優のことを思っていることは伝わってくる。


「ありがとう二人とも。今から言うことは絶対に内緒だからね」

「うん、もちろん」

「秘密は絶対に言わないから安心して」

「愛音ちゃんって口が軽そうでもこういうことは絶対に言わないから安心して良いからね」

「ちょっと実乃里、それひどくな~い。あたし、秘密は絶対に言わないギャルだから。だって言いふらされたくないことを言いふらすほどあたし人間として腐ってないから」


 高校に入学してから、この二人にはたくさんお世話になった。


 だからこそ、優はこの二人を信じることができる。

 だから優は二人になら話しても良いと思えることができた。


 確かに実乃里の言うとおり、愛音は口が軽そうに見えるが愛音は人の秘密を他人に言いふらすような薄情じゃない女の子ではないことは知っているつもりである。


 優はなにに悩んでいるのか。


 その全てを二人に打ち明けた。


「「……」」


 二人はその間黙って優の話を聞いた。


「……それって絶対楠先輩が悪いでしょ。いきなりキスして覚えてないって。いくら酒を飲んでたとしても酷くない」

「……確かに中村さんが楠先輩にそっけなくなる気持ちは分かるかも。私もいきなりキスされて覚えてないって言われたら絶対に嫌だな」

「そりゃーいきなり年上の女子にキスされたら悩むよな」

「大丈夫だよ中村さん。私たちは中村さんの味方だから」


 優の話を聞き終えた二人は優の代わりに怒り、そして優を励ます。


 自分たために怒り、励ましてくれる。


 優はこの二人が友達で本当に良かったと思った。


「ありがとう二人とも」


 優は二人に感謝の気持ちを伝える。


「大丈夫だよ中村。もし中村が言いにくいならあたしたちがガツンと楠先輩に言ってやるから」

「そうだよ中村さん。私には瞳ちゃんが付いてるから。いざという時はまかせて」

「まずは謝罪だよね。そしてもう二度と中村には関わらないように言わないと」

「ちょっと待って二人とも。私の味方になってくれるのは嬉しいんだけど、別にキスをされたことが嫌だったわけじゃないの」

「「?」」


 二人が優のために色々としてくれようとしていることは嬉しい。

 けど優は別に葵に謝罪や、ましてや葵と縁を切りたいわけではない。


 そもそもキスをされたことが嫌だったわけではない。


 そのことを二人に言うと、二人はキョトンとした表情を浮かべる。


「……どういうことだ実乃里。中村は楠先輩にキスをされたことが嫌だったんじゃないの」

「……私もそうだと思ったんだけど、違うみたいだよ」

「……っていうかそれってつまり……」


 急に愛音と実乃里は二人だけでコソコソと話し合う。


 一体なにを話しているのだろう。


 きっと優には聞かれたくない話だからコソコソと話しているのだろう。


 二人が優しいってことは知っているから悪口を言っているわけではないだろう。


「中村って楠先輩にキスをされたことを悩んでわけじゃないならなにに悩んでんの?」

「楠先輩が私とキスをしたことを忘れてからだよ。ホント信じられない。私ファーストキスだったのに。それを忘れてるってサイテー。ホント、能天気な楠先輩を見てるとモヤモヤするしイライラもしちゃう。楠先輩のバカ」


 愛音に質問され、優は思わず感情が乗ってしまい饒舌に葵の不満をぶちまける。

 そんな優を見て、なぜか愛音も実乃里も呆気にとられていた。


「……もしかしてあたしたち中村の惚気に付き合わされてるだけじゃない?」

「……本人は自覚してないけど惚気だよね」

「……まっ、深刻な悩みじゃなくて良かったと思えば良かった良かった。これなら二人の仲が戻るのも時間も問題だね」


 二人がまたコソコソと話している。

 悪口は言っていないと思うが、気になるものは気になる。


「中村。すぐに仲直りできるさ」

「きっと中村さんと楠先輩なら大丈夫だよ。中村さんも素直に自分の気持ちを伝えたらすぐに仲直りできると思うよ」

「えっ、どういうこと二人とも? そんな単純な問題じゃないよ」


 愛音と実乃里は自信満々に大丈夫だというが、どうしてその結論に辿り着いたのか理解できなかった優は困惑する。


「大丈夫。中村が楠先輩が好きなら大丈夫だ」

「そうだね。中村さんが楠先輩のことが好きならなにも問題ないよ」

「確かに楠先輩のことは好きだけど……なんで二人ともニヤニヤしてんの~」


 ニヤニヤしている愛音と実乃里に挟まれた優は意味が分からず絶叫する。


 なにが大丈夫なのか全然分からなかった。

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