第34話 ……私……楠先輩とキスしたの……

「楠先輩ってちゃんと酔っぱらうんだね。お酒飲んでも変わらないと思ってた」


 酔っぱらってウザ絡みをしている葵を見て、愛音は意外そうな表情をしていた。


「葵、後輩たちが引いてるぞ」

「あっ、ごめんね三人とも。大丈夫、そんなに酔ってないから」


 瞳の言葉で後輩たちが引いていることに気づいた葵は、すぐにいつもの大人っぽい葵に戻る。


「ついお酒を飲むと、まだお酒が飲めない瞳をからかっちゃうだけなの。瞳もお酒が飲めるようになったらできなくなっちゃうから」

「ホントはた迷惑な女だろ、葵は」

「別に楠先輩ははた迷惑な女ではないですよ。むしろ、楠先輩にも年相応な部分があってより親近感がわきました」

「「「……」」」


 瞳の言葉にイラっとした優は、思わず瞳に反論した。


 確かにさっきの葵はウザいと優も思う。


 でも迷惑ではない。


 むしろ、いろいろな葵が見れて優は嬉しかった。


「中村って、楠先輩が好きなの」

「好きか嫌いかと言われたら好きだよ。大人っぽくて優しいし、一緒にいて楽しいし」

「……」


 急に愛音から質問された優は、思ったことを伝える。

 葵のことを好きか嫌いと問われれば、自信を持って好きだと言える。


 むしろ、嫌いになる要素がない。


 優の告白に葵は言葉にならない言葉を発しながら顔を真っ赤に染めている。


 きっと酔いが回ったのだろう。


「もちろん、木村さんも倉木さんも西条先輩も好きですよ。ここにいる人全員好きです。一緒にいて楽しいですから……ってすみません。私、凄く恥ずかしいこと言ってますよね。忘れてください」


 言っていて自覚したが、これはかなり恥ずかしいことを言っている。

 いくら友達として好きだとしても素直に『好き』と伝えるのは結構恥ずかしい。


 優が一人で恥ずかしがっていると今まで緊張していた空気が弛緩した。


「そ、そうよね。私も中村さんのことが好きよ。もちろん、みんなのことも好きよ」


 葵がなにかを取り繕うかのように言葉を発する。


「あー、そう言えば今日は中村さんとパジャマお揃いね」

「そうですね。白いパジャマの楠先輩も似合ってます」


 葵が話題を変えるためにパジャマの話をする。

 今日の葵のパジャマは白を基調としたパジャマで生地も薄く、すっかり夏仕様のパジャマだ。


 優も白を基調としたパジャマだがところどころ細部が違うので全く同じパジャマではないようだ。


 ちなみに実乃里はピンク色を基調としたパジャマで、愛音は黄色を基調としたパジャマで、瞳は黒を基調としたパジャマで、三人とも生地が薄いパジャマで涼しそうである。


「……今の会話は少しマズいよね瞳ちゃん」

「……そうだな。あの言い方だと前にも来たことがある言い方になってるな」

「……でも中村さんと楠先輩、全然気づいていないようだね」

「……そうだな。問題は木村さんが今の会話で気づかないことを祈るしかないな」


 実乃里と瞳がコソコソとなにか話している。


 一体、なにを話しているのだろう。


 声が小さいせいで、優は聞き取ることができなかった。


「なんかその言い方だと前にも泊まりに来たことがあるような言い方ですけど気のせいですか」

「……今日が初めてよ。そうよね中村さん」

「はい。楠先輩は今日、初めて泊まりに来ました」

「そうですよね。中村と楠先輩は異性なんですからあり得ないですよね。すみません、勘違いして」


 なぜ愛音に葵がここに泊まりに来たことが分かったのか分からないが、葵と優でなんとか上手く誤魔化せたようだ。


 愛音も確信があったわけではなかったらしく、一回否定しただけで大人しく引き下がった。


「それじゃー私トランプを買ってきたから、早速遊ぶわよ」


 葵の号令と共に、楽しい楽しい夜のお泊り会が始まった。

 高校生になってトランプと優は思ったが、友達とするトランプはかなり楽しかった。


 一番強かったのは葵で、特に大富豪とスピードは一度も負けなかった。


 逆に一番弱かったのは瞳で、ババ抜きではババが来るたびに顔に出て負けていた。

 瞳がポーカーフェイスが苦手だったのは新しい発見だった。


 その後、愛音がジュースと間違えてチューハイを飲んだり、瞳がウイスキーボンボンを一個食べただけで酔ったりと、色々とハプニングは起こったが充実した時間を過ごすことができた。


 夜の十二時。


 トランプを始めたのが夜の九時だから、すでに三時間も時間が過ぎていた。

 三時間も五人でトランプをして遊んだのだが、楽しすぎて体感はまだ三十分しか経っていない感覚だった。


 午後にテスト勉強をして夜は大騒ぎをしたら、いくら若くても眠くなる。


「……みんな寝てる」


 優がトイレから出てくると、睡魔に勝てなかった四人が寝落ちしていた。


「楠先輩、起きてください」


 優も眠いがそこは我慢をして葵を揺さぶって起こそうとする。

 床に直接寝たら、起きた時体がバキバキになってしまう。


「……中村さん」


 葵は眠たそうな瞼を開けながら優を見つめる。

 お酒を飲んでいるせいかあまり焦点が合っていない。


「ほら、起きて女子は倉木さんの部屋に移動して寝てください」

「……中村さん……ちゅき……」


 優が葵を起こしていると、突然葵が優にキスをした。

 突然のことに優の思考が追い付かない。


 一気に目が覚める。


 今、優の唇に葵の唇が触れている。


 柔らかくてふっくらしていて、そして酒の飲みすぎでお酒臭い。


「えへへ……」


 数秒後、葵は満足したのか顔が蕩けていた。


 その後、葵は瞳と愛音を抱きかかえて実乃里の部屋に消えていった。


 優はしばらくの間、呆然としていた。


「……私……楠先輩とキスしたの……」


 優は自分の唇に触れる。

 この唇に葵の唇が触れたのだ。


 今でも信じられない。


 別に嫌ではなかった。


 嫌ではなかったのだが、ドキドキするのと同時にモヤモヤもした。


 そもそもいきなりキスをされたし、葵は酔っていて覚えているのかも分からない。


「……もう……これじゃ寝れないじゃない。……楠先輩の馬鹿」


 優は布団を敷いてそこに実乃里を寝かせる。

 優も布団に入って眠ろうとしたのだが、何度も葵とのキスを思い出すたびに悶々していまいなかなか寝ることができなかった。


 葵は月明かりに照らされた部屋で、葵に毒を吐く。


 だが優の心が晴れることはなかった。

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