第29話 いえ、別に眠くないので大丈夫です


 帰りも葵が運転して帰る。

 当たり前と言えば当たり前だが、運転免許を持っている人が葵しかいないからだ。


「もし眠かったら寝てても良いわよ。着いたら起こすから」

「悪い。そうさせてもらう。ちょっとはしゃぎすぎた」

「私もです」


 車を運転しながら葵はみんなのことを気づかう。

 自分も疲れているはずなのに、気づかいができる葵は本当にできた女の子である。


 瞳と実乃里は遊園地ではしゃぎすぎたのか、二人でもたれ合うように眠る。


「中村さんも寝ても大丈夫よ。ちゃんと安全運転で送っていくから」

「いえ、別に眠くないので大丈夫です」


 葵に眠っていても良いと言われたが優はそれを断った。


 眠くないのは事実だがそれだけが理由ではない。


 優まで眠ってしまったら葵は一人で運転させることになる。


 それは葵に対して失礼だと思ったからだ。


 葵だって行きも運転して他のみんなよりも疲れているはずなのに。


「そう……」


 葵は小さな声で呟く。

 その時の葵はなんだか嬉しそうだった。


「幸せそうに寝てるわね」

「そうですね。本当に幸せそうです」


 葵はバックミラーで幸せそうに眠っている二人を確認し、優も葵に同意する。


 その声はどこか羨ましそうだった。


「幸せそうな瞳を見ていると私も高校生の間に彼氏を作っておけば良かったな~って思うわ」

「まだ一年、高校生活は残ってますよ。諦めるのはまだ早いです」

「もう一年しか残ってないのよ。それにもし高校生の間にお付き合いできたとしても、高校卒業したら遠距離恋愛になって自然消滅するのがオチだわ」

「私がもし楠先輩の彼氏だったら、遠距離恋愛になっても自然消滅なんてしないですよ。どんなに離れていても好きでい続ける自信がありますから。だってこんなにも魅力的な女性、他にいませんから」

「えっ……」

「……えっ」


 運転中にも関わらず葵は優のことを見つめる。


 その時の葵は驚きと照れと戸惑いが混ざり合った表情をしていた。


 そしてその瞬間、優も自分でなにを言ってしまったのか理解し、思考がフリーズする。


 これではまるで間接的に告白をしているようではないか。

 別に優にその気がなくても、傍から聞けば百人中九十九人が告白と捉えてしまうだろう。


 優も第三者なら、間違いなく告白だと捉える。


「楠先輩、前、前見てください。運転中によそ見は危ないです」

「あっ、そ、そうね。確かによそ見しながら運転するのは危険だったわ。ありがとう中村さん」


 優はよそ見をしながら運転している葵に注意し、葵も自分が危険運転していることに気づき少し慌てた表情をしながら前を見る。


 危険運転してしまうほど葵は動揺していた。

 優は運転している葵の横顔を見る。


 ほんのり顔が赤くなっているのは夕日に照らされているせいだろうか。


「すみません楠先輩。いくら仮定の話でも私が楠先輩の彼氏なんておこがましいですよね」

「そんなことないわっ。……別にそんなことない。中村さんは素敵な男性よ。私はそう思うわ」

「……ありがとうございます」


 自分に自信がない優はいつものように自分のことを卑下すると、予想外なことに葵は大きな声を出して否定する。


 その大きさに優は少しだけ畏縮する。


 そして葵の予想外な評価に、優は照れながらお礼を言う。


 まさか葵に素敵な男性と思われているなんて思わなかった。


 その後は他愛もない会話が続き、寮に到着する。


「それじゃー中村さん、実乃里ちゃん、また学校でね」

「送ってくれてあがりがとうございます」

「ありがとうございます楠先輩。瞳ちゃんのこともお願いしますね」

「もちろんよ。ちゃんと瞳も家まで送っていくから安心してね」


 車を降りた優と実乃里は葵にお礼を言う。

 葵だって疲れているはずなのに、そんな表情は一切見せない。


 瞳を実乃里から任された葵は自信満々に引き受け、寮の敷地から出て行く。


 寮に着いた時も瞳は起きず、よほど熟睡しているようだ。


「結構熟睡してたわ」

「そうだね。倉木さんも西条先輩も気持ち良さそうに寝てたね」

「変な寝言とか言ってなかったよね」

「多分、聞こえなかったから言ってなかったと思うけど」

「良かった……」


 確かに同級生に寝言を聞かれるのは恥ずかしい。

 寝ている間、寝言を言っていないことが分かり実乃里は安堵する。


「それじゃー中村さん、またね」

「またね、倉木さん」


 実乃里と優は玄関口で別れ、それぞれ自分の部屋に入る。


 部屋に入ると、ドッと疲労が込み上げてくる。


「ホントに楠先輩は凄いな」


 ただ乗っていた優ですら、疲労を感じるのだ。ずっと運転していた葵はそれ以上に疲れているだろう。


「……シャワーでも浴びようかな」


 遊びすぎて疲れが溜まっている優は、疲れた体に鞭を打ちながら着替えの用意をしてシャワーを浴びる。


 本当に楽しかったゴールデンウィークだった。

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