第二章 楠葵先輩は過保護すぎる

第10話 どうしたの中村さん。眠れないの

 夜。


 優は学生寮にいる。


 学生寮は基本一人部屋である。


「どうしたの中村さん。眠れないの。もしかして突き指した手痛むの」


 もう一度言うが、ここは学生寮であり、一人部屋であり、優の部屋だ。


 ベッドの横では心配そうに葵が優に話しかける。


 月明かりに照らされている葵はとても儚げで綺麗だった。


 葵は吐息が聞こえるほど、優の近くにいる。


 どうして葵が優の部屋にお泊りしているのか、少しだけ時間を遡ることにする。




「おはよう中村さん」

「おはようございます楠先輩」

「今日は朝から中村さんに会えるなんてラッキーだわ」

「そんな大げさな」

「大げさじゃないわよ。私と中村さんは違う学年だからなかなか会えないもの」


 朝、昇降口で葵と出会うと、優と出会えたことがよほど嬉しいのか誰見ても舞い上がっていた。


 優も葵と話せるのは嬉しい。

 葵は先輩だが、とてもフレンドリーでまるで同級生と話しているような感じで話すことができる先輩だ。


「しょうがないですよ。私と楠先輩は一年生と三年生なんですから」

「私もあと二年生まれるのが遅かったら中村さんと同級生だったのに……」

「……」


 本気なのか冗談なのか、判断がつかない優は反応に困る。

 でも確かに葵と同級生だったら楽しかったと思う。


「そしたら毎週、教室で中村さんのお菓子食べられたのに」


 葵は優が作るお菓子を大変気に入ってしまい、毎週優に作ってきてもらっている。

 お菓子作りは好きだったため、お菓子作り自体苦ではなかった。


 ちなみにただ食べるのは申し訳ないと葵は思っており、材料費だけはいただいている。


「お菓子ぐらいだったらいつでも作ってあげますから、そんなに落ち込まないでください」

「ありがとう中村さん。欲しい調理器具や材料があったらなんでも言ってね。すぐに用意するわ」


 いつもは大人っぽいのに、たまに見せる子供っぽさがギャップを起こしさらに葵が可愛く見える。


 葵は裕福なのか、金銭的な支援は惜しみなくしてくれる。


「あまりたかるなよ葵。先輩なんだから」

「瞳っ。別にたかってはないわ。材料費とかはちゃんと渡してるもん」

「作るのだって結構労力がいるんだぞ。中村さんのことも少しは考えなさい」

「西条先輩、別に私はそこまで負担ではないので大丈夫です。むしろ、楠先輩が私の作った料理で喜んでくれて私も嬉しいです」

「ほらっ、中村さんも喜んでいるじゃない。これはウィンウィンな関係なんです~」


 瞳は優の負担を懸念しているが、優自身お菓子作りは苦ではなかったため、そこまで負担はない。


 優にフォローされた葵は勝ったと言わんばかりにどや顔をする。


「おはよう中村さん」

「おはよう倉木さん。今日も二人で登校してきたの」

「うん。カップルだからね」


 瞳の恋人の実乃里は今日も二人で登校して来たようだ。

 瞳と登校して来た実乃里は幸せそうな表情を浮かべていた。


「中村さんも負担だったらいつもで葵に言うんだよ。葵ってこう見えて鈍感だから」

「失礼な。私は瞳ほど鈍感じゃありませーん」

「あたしだって鈍感じゃないから。彼氏いるから」

「彼氏いても瞳は鈍感でーす」

「彼氏もいないくせに」

「そのうちできるからご心配なく」


 二人の口喧嘩が始まる。

 二人とも高校三年生なのに、子供っぽいことで言い争いをする。


 最初会った葵はとても大人に見えたのに、今はあの時よりも大人っぽく見えないが、むしろ親しみがわきやすくなった。


「瞳ちゃんたら……」


 二人の言い争いを見て実乃里が頭を抱えていた。


 この瞬間、この中で一番大人なのは実乃里かもしれない。


「もう葵は大人なのに、恥ずかしくないの。十八なのに」

「いずれ瞳も十八になるわよ。でもまだ今は十七だから子供よね~」


 二人の言い争いをは今も続いている。

 もしかしてこの二人は仲が悪いのかもしれない。


「倉木さん。もしかして楠先輩と西条先輩って凄く仲が悪いの」

「ううん。二人は大の仲良しよ。だからこそなんでも言い合えるんだって、瞳ちゃんが言ってた」


 ずっと喧嘩を続けている二人を見て、優は心配になる。


 だがそれは杞憂で、二人とも仲が良いからこそお互い言いたいことを言い合っているらしい。


「中村さんが瞳の分たちも作って来てくれたから、昼休み一緒に食べましょう」

「そうだな。ありがとう中村さん。あたしたちの分も作ってきてくれて」

「いえ、そんなに負担じゃありませんから。それにたくさんの人の喜ぶ顔が見れて私も嬉しいです」


 いつの間にか喧嘩が終わっていたらしく、葵が瞳を昼ごはんに誘う。

 瞳は自分の分もお菓子を作って来てもらったことに対し、優にお礼を言う。


 先輩たちにお礼を言われるとこそばゆい気持ちになる。

 それに自分が作ったお菓子で誰かが笑顔になるのは純粋に嬉しいので、負担とか意識していなかった。


「ありがとう中村さん。私の分まで作ってきてもらって」

「ううん、全然。お菓子作り好きだから全然大変じゃないし。むしろ楽しい」

「凄いな~中村さん。お菓子って繊細で作るのが難しいのに。私、結構失敗しちゃうから中村さんが羨ましい」


 優的にはお菓子作りが負担だったり大変だったりしたことは一度もない。


 だからなぜ実乃里が優を褒めるのかいまいち理解できなかった。


 その後、三年生の教室が見えてきてそこで葵と瞳とは別れる。


「また昼休みな実乃里」

「うん」


 カップルの瞳と実乃里は少しだけ名残惜しそうに別れる。

 カップルだから少しでも長く、お互いいたいのだろう。


「また昼休みね、中村さん」

「はい、また昼休みで」


 葵は優のことが気に入ったのか、予定がなければ昼休みは一緒に昼ご飯を食べるまで仲が深まった。


 独りで教室にいた時とは比べ物にならないぐらい友達は増えたし、学校生活も充実している。


 その後、優と実乃里は二人で教室に向かった。

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