第9話 あたし、木村愛音ね。よろしく~
四月中旬。
今日の三時間目には体育が行われる。
優はこの体育が嫌いだった。
運動オンチという理由もあるが、先生の『ストレッチするから二人組みを作れ』という号令が一番嫌いだった。
そもそもボッチの優にそんなことしてくれる生徒などいない。
これは教師が生徒に行う、一番卑劣なイジメだと優は考える。
二人組みを作れないボッチはどうすれば良いんですか。
優はこの言葉を言われるたびに、そう反論したくなる。
あまり仲が良くない人たちのところに行くと明らかに迷惑そうな顔をされるし、結局先生とするしかなくなる。
あれ、おかしいな。
なぜ、クラスの人数は偶数なのに一人余るのだろう。
これはミステリーである。
だが、今はその言葉もあまり気にならなくなってきた。
なぜなら、優には同じクラスに倉木実乃里という友達がいるからだ。
「ストレッチするから二人組みを作れ」
先生の号令のもとに、すぐにクラスメイトは仲の良い人たちとくっつき二人組みを作っていく。
ちなみに藤ヶ崎高校のジャージは半そでが白、ハーフパンツや長袖長ズボンは紺色をしている。
「倉木さん。一緒にしてくれない」
「実乃里。あたしと一緒にストレッチしよーよ」
優が優希に声をかけるのと同時に違う女子生徒が実乃里に話しかける。
同時に二人から声をかけられた実乃里は、困ってしまい二人の顔をキョロキョロと見回す。
「っていうか中村じゃん。中村って実乃里と仲良かったっけ」
「うん、最近仲良くなったんだ」
「へぇ~そうなんだ~。知らなかった~。ならあたしとも友達になろうよ」
「えっ」
いきなりのお誘いに、優は変な声が出る。
「それ良いね」
実乃里もノリノリである。
「あたし、木村愛音ね。よろしく~」
「私は中村優です。よろしく」
「なにそのよそよそしい自己紹介。受けるんだけど」
ギャルはパーソナルスペースが狭いのか、一気に優との距離を縮めてくる。
その勢いに優が呑まれていると、それがツボったのか愛音はケラケラ笑う。
彼女の名前は木村愛音(きむらあいね)。優たちと同じクラスの女子生徒である。
身長百六十センチ。
高校生から髪をブリーチしていて金髪で、頭の下で結ぶツインテール、ローポニーテールの髪型をしている。
長さは短く、肩ぐらいまでしかない。
目は少し吊り上っており、少し怖い印象を与える。
一言で愛音のことを表現しようとするとギャルという言葉は一番しっくりく。
胸はおよそCカップ。
日焼け対策もしているせいか、手足も白く客観的に見ればかなりの美少女である。
「愛音―、余ってるならこっちきてー」
「あいよー。それじゃあたしはあっちに行くわ」
愛音は友達に呼ばれてあっちのグループに行ってしまった。
まるで台風のような子だった。
「それじゃー中村さんは私とストレッチしようか」
「う、うん。よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらないで。なんか緊張するから」
愛音があっちに行ってくれたおかげで、実乃里はなんの心置きなく優を選ぶ。
初めての友達とのストレッチに緊張してしまった優は恭しくなる。
恭しくされた実乃里は逆に戸惑い、顔を赤くしてオロオロする。
こういう時、友達がいると楽だなと優は改めて思った。
「中村じゃん。おっは~」
朝、昇降口で外靴から上履きに履き替えていると、同級生のギャルに話しかけられる。
陽キャか陰キャかと聞かれたら間違いなく陰キャ側の優は朝からテンションが高いギャル、愛音のテンションについて行くことができなかった。
「どした~中村~。もしかして具合でも悪いのか~」
あいさつがなかった優に愛音は優のおでこを触り、熱を確認する。
「う~ん、熱とかはなさそうだけど……ちょ、どうしたの中村、急に顔が赤くなってるんだけど」
いきなりおでこを触られた優は照れと恥ずかしさのあまり顔が赤くなる。
そんな優を見て愛音は心配の声を上げる。
「……おはよう木村さん……べ、別に大丈夫」
「全然大丈夫には見えないんだけど、具合悪いならあたし肩貸すよ。それでも辛いならおんぶしてあげるから」
愛音はギャルだが、物凄く優しいギャルのようだ。
別に具合が悪くなかった優は愛音の申し出を断ろうとするが、愛音も一歩も引かない。
愛音は優しいが、押しも強い。
「大丈夫だから木村さん。具合悪くないから」
「……中村がそこまで言うならもうなにも言わないけど無理はするなよ。入学式のように一週間も休むはめになるからね」
入学式から一週間休んだせいで、友達作りに出遅れた優。
だから誰も優のことを覚えていないと思っていたが、愛音はちゃんと覚えていたらしい。
それが嬉しかった。
「あたしたちもう友達だから変な我慢はするなよ」
「うん、ありがとう木村さん」
「中村さん、愛音ちゃんおはよう。……二人ともずいぶん仲良くなったんだね」
優の肩に腕を回している愛音を見て、実乃里は微笑ましそうな表情を浮かべている。
愛音には二度、『友達』と言われたがなんだかこそばゆかった。
愛音からは、優しいフローラルの匂いが漂ってきてドキッとした。
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