第11話 ……楠先輩

 昼休みは葵と瞳と実乃里の四人で食べ終え、ジャージに着替え終えていた。


「唯一今日は中村さんと一緒に授業を受けられる日ね」

「と言っても授業は別ですけど」


 五時間目は体育で、葵たちも同じ体育館で体育を行う。

 もちろん、学年が違うから授業は分かれているが、同じ空間で授業を受けられるのはこの五時間目の体育の授業以外ない。


 そのため、葵は体育が始まる前からテンションが高かった。


 ちなみに藤ヶ崎高校のジャージは男女とも、長袖長ズボン、青色である。


「それでも中村さんと同じ空間で授業できると思うと楽しいわ。それに中村さんにかっこう良い姿も見せられるし」


 今日も葵は気合いが入っている。

 車を止められるほどの運動神経を持っている葵は、もちろん体育の授業でも大活躍をする。


 その姿はまるでスポーツ選手のようで、インターハイに出れるぐらい動きやキレも良く強い。


「実乃里、怪我だけは注意するんだぞ」

「分かってるよ。瞳ちゃんも怪我だけは気をつけてね」


 二人ともカップルだからお互いの体を気づかっている。


「楠先輩も怪我には気を付けてくださいね」

「もちろんよ。中村さんも怪我には気を付けてね。でも今日は私がいるからもし中村さんが怪我をしそうな時は私が守ってあげるわ」


 葵は胸を叩きながら自信満々に宣言する。

 葵が言うと安心感があるのはそれぐらい葵のことを信じているからだろうか。


 叩かれた胸はぽよ~んと揺れ、少しだけエロかった。


 その後、五時間目の授業が始める。


 一年生と三年生は授業が分かれているため、別のコートで授業が始まる。

 一年生はバスケで三年生はバドミントンらしい。


 いつもの授業なのに、近くで葵が授業を受けていると意識しないようにしても意識してしまう。


 今日も葵のスマッシュはキレッキレである。

 その姿はとても美しくて目が釘付けになる。


「中村さん、授業に集中して」

「はい、すみません」


 体育の先生によそ見をしていることがバレ、注意を受けてしまう。


 反省、反省。


 あまり葵ばかり見ているのも良くない。


 その後、シュート練習やパス練習など地味な練習ばかりをしていく。


「ナイス葵」


 どうやら葵が鮮やかなスマッシュを決めたらしく、あちら側のコートでは歓声が上がっている。


 思わず気になった優は葵の方を見る。

 葵は優に気づくと、笑顔で手を振ってくる。

 優も小さく葵に手を振り返す。


 それがダメだった。


「中村さん」


 一瞬よそ見をしたせいで、相手からパスされたことに一瞬遅れる。

 バスケットボールは硬くて大きい。

 そのため、上手くキャッチできないと突き指をしてしまう。


「あっ……」


 右手の人差し指に激痛が走る。


「中村さん」


 体育教師の焦った声が耳に響く。


「中村さん」


 葵もすぐに気づいたらしく、自分たちの授業を放棄して優の元に駆け寄る。


 葵の顔は顔面蒼白だった。


 それに続いて実乃里も愛音も駆け寄ってくる。


 あまりの痛さに変な脂汗をかく。


 ジンジンと痛む。


 突き指と侮ることなかれ。


 優はうずくまることしかできなかった。


「ごめんね中村さん」


 優にパスをしてきた同級生が謝罪する。

 でもこれは優が葵をよそ見していたことが原因である。


 パスをした同級生に非はない。


「保健委員。すぐに中村さんを保健室に連れてって」

「先生。私が連れて行きます。中村さん、すぐに保健室に行って冷やすわよ。だからちょっと体、失礼するわね」


 体育の先生が保健委員に呼びかけるのと同時に葵が自分からその役目を申し出る。

 体育の先生はなんでここに三年生がという目で葵を見ていたが、葵は全く気にしていなかった。


 葵は優に一言断りを入れると、優を持ち上げる。


「あらっ」


 実乃里が声を漏らす。


「中村さん、今から私が保健室まで運ぶからしっかり掴まってなくても大丈夫よ。私がしっかり抱いているから」


 突き指をした優を労わる葵。


「……楠先輩」


 抱きかかえられた優は葵を見上げる。

 背中と膝の裏に葵の腕を感じる。

 優は葵にお姫様抱っこされていた。


 その後葵は割れ物を扱うかのように優を優しく抱きながら保健室へ向かった。


 今まで運動していたせいで葵は薄っすら汗をかいている。

 女の子と汗の混じった香りが漂ってくる。


 それと同時に優は自分が汗臭くないか心配になる。

 葵の汗の匂いは全く不快にはならない。


 だから大丈夫だが、もし自分の汗の臭いで葵を不快にさせていたら、それこそ申し訳ない。


「失礼します先生。中村さんが突き指しちゃったので見てください」

「そうなのね。それじゃーまず突き指をした指を冷やしましょう」


 その後優は流水で突き指をした指を冷やした後、湿布を貼り指を固定する。


「もし痛みが引かなかったら病院に行ってくださいね」

「はい……ありがとうございます」


 保健の先生にお礼を言った後、優たちは保健室を出る。


 葵は違う学年だったが優のことが心配でずっと保健室にいてくれた。


 流水で冷やし、湿布を貼っているおかげで、痛みばだいぶひいた。


「……」


 優の前を歩く葵は元気がない。

 こんな葵、初めて見た。


「……楠先輩」


 恐る恐る優は葵に話しかける。

 こんなにも話しかけづらいと思ったのは初めてだ。

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