第7話 時々作ってくれたら嬉しいな

「だってあの生徒会長だよ。学校中で人気だってあるし。それに彼女にしたいランキングでは毎回一位だし」


 実乃里がこの学校での葵の凄さを語ってくる。


 しかし、最後はオフレコなのか、声を潜めて耳打ちをしてきた。


「凄く綺麗だとは思ってたけどそんなに凄い人なんだ」


 優は改めて葵の凄さに驚いた。

 葵は誰もが憧れる生徒会長。


 しかも彼女にしたいランキング一位である。


 つまり葵はこの学校のてっぺんに君臨する生徒だ。


 一方の優はクラスでも最底辺。


 カースト的には話すことすらおこがましいほど、身分が違いすぎる。

 優はあまりにも身の程知らずなことをしていたことに戦慄した。


「こんな私が楠先輩と会うなんてなんとおこがましすぎる」


「大丈夫だよ中村さん。別に同じ学校の生徒同士なんだし。先輩でもそんなに自分を卑下したり謙遜する必要はないよ」


 実乃里は優を慰めているのか、優しい言葉をかける。

 その表情が若干苦笑いを浮かべている。


「あ~、やっと見つけた……中村さん」


 実乃里と偶然にも一緒に待っていたところに、優に待ち合わせの相手、葵が息を切らして昇降口から出てきた。


 その額には薄っすら汗を浮かべている。

 そんな葵もとても可愛かった。

 どうやらかなり急いで向かってきたらしい。


「楠先輩、大丈夫ですか。かなり息が切れてますけど」


 優は必死に優を探していた葵を心配する。


 葵は膝に手をついて五回ほど深呼吸してから優と向かい合う。


 その葵のただならない雰囲気を察した帰宅途中の生徒たちが葵先輩に視線を向けるもの話しかけてくる人はいなかった。


「楠先輩お久しぶりです。倉木実乃里です」


 優の隣にいた優希が恭しく頭を下げて葵に挨拶をする。


「み……実乃里ちゃん……お久しぶり」


 葵が息を整えながら実乃里に挨拶を返す。


「もしかして知り合いなの」

「うん、彼女の友達だからね」

「えぇー倉木さんって彼女いるのー」


 優は二重の意味で驚いた。

 実乃里が葵と顔見知りなことと、実乃里に彼女がいるということだ。


「全く、葵も生徒会長なんだから廊下は走るな」

「もー瞳ちゃん。いつまで人を待たせるの」


 葵を追いかけてやってきたのだろう。瞳がヤレヤレと不満そうな顔をしながら昇降口の外に出てきた。


 その瞳に向かって実乃里がまるで彼女に話しかけるかのように気安く瞳に話しかける。


「しょがないだろう。葵が中村さんに会うために一年生の教室に行ったらどこにも中村さんがいないんだから」


 瞳も葵と一緒に優を探していたらしい。

 そのせいで実乃里との待ち合わせに遅れてしまい言いわけをする。


「まっ、今回はやむを得ない事情があるのは分かったけど、遅れるなら一言ルインとか送ってくれると不安にならないから次からそうしてくれると助かるな」

「分かった。次はちゃんと連絡する」

「それで良し」


 どうやら二人は仲直りを終えたらしい。

 それは良かった。


「そんなことより中村さん」


 葵は二人のいざこざに興味がなかったらしく、仲直りをした瞬間優に話しかける。


「中村さんが作ってくれたシュガーラクス食べたわ。とてもおいしかったわ。あんなおいしいラクス食べたの初めて。カリカリの食感とあの甘さは最高においしかったわ。中村さんってお菓子作りの天才ね」


 葵は優の手を両手で包み込み興奮しながらまくし立てる。

 葵の表情や声からも分かる通り、優が作ったシュガーラクスは大好評だったらしい。


 優も葵にべた褒めされて満更でもない顔をする。


 それに今優は幸せだ。


 だってあの校内彼女にしたいランキング一位の葵に手を握られているのだ。


 それを言えば昨日も手を握っていたが意識しすぎて感覚が逆に思い出せない。


「楠先輩が喜んでくれて私も嬉しいです」


 優はそんな笑顔な葵を見て心が癒される。

 自分で作った料理でこんなにも喜んでくれる人がいるなんて。


 嬉しすぎて涙が出そうである。


「中村さんのお菓子を食べちゃったらもうお店のお菓子なんて食べられないわね」

「さすがにそれは褒めすぎですよ」


 葵の誇張した褒め言葉に嬉しく思いながらも苦笑いを浮かべる優。


 さすがにプロより上手いということはないだろう。


 優のお菓子作りは所詮趣味の範囲だ。


 プロと比べるなんておこがましい。


「いいえ。それほどおいしかったわ」


 どうやら葵はそう思っていないらしい。

 本気でプロよりおいしいと思っているのだろう。


「そんなにおいしかったのか。あたしも少し食べてみたかったな」

「ねー中村さん。もし良かったら私たちにも作ってきてほしいな。だってあの楠先輩が大興奮するぐらいおいしいんでしょ。私も食べてみたいな」

「それは良い考えね。私もまた中村さんのお菓子食べてみたいわ。でも無理する必要はないからね。時々作ってくれたら嬉しいな」


 まさか葵からお菓子のリクエストをされるとは。


 優は心の中で驚きながらも喜んでいた。


 だってお菓子を作ってくればそれを口実に葵とまた会えるかもしれない。


「はい。あんなレベルで良いならまた作ってきますよ」

「ありがとうー中村さん」


 再び葵は優の手を握り振り回す。


 こんなにも葵が喜んでくれるなら毎日作ってきたいが、そうすると逆に葵が遠慮してしまうと思い、自重する。


 でも楠先輩の笑顔って可愛いな~。


 優は葵の笑顔に当てられて少しだげニヤニヤした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る