第6話 素手で車を止めちゃうし

「これは睨んでいるんじゃなく、生まれつきだ」


 どうやら瞳の目つきの悪さは生まれつきらしい。

 二人の言い合いを見ていると、お互い信頼しているんだなと感じる。


 お互い喧嘩しているように見えて、目が笑っている。

 これも二人にとってはじゃれ合いの範疇なんだろう。


 そう思うと少しだけ羨ましいなと思った。


 高校で優にこんな冗談を言い合えるぐらい仲の良い友達はいないからだ。


「ごめんね、瞳が勝手に話を脱線させて」

「おい待て葵。話を脱線させたのは葵だぞ」


 葵はさも瞳が悪いように言っているが、記憶を遡ってみると話を脱線させたのは葵の方だった。


 でも優には葵に借りがたくさんあるため、わざわざ口を挟むことはしなかった。

 それに優の性格上、先輩に物申すことなんてできない。


「あのー昨日楠先輩が私のことを助けてくれたのでそのお礼と思って作ってきました」

「わぁーおいしそう。これってラクスよね」


 優が可愛くラッピングしてデコレーションしたシュガーラクスを葵に差し出す。


 その瞬間、葵の表情が緩む。


 いつも優しくキリッとした顔が今はだらしなく垂れている。


 良かった。楠先輩は甘いものが好きらしい。


 優は心の中で安堵のため息をこぼす。


「そうです。昨日作りました」

「えぇーこれ手作りなの。すごーい。中村さんってお菓子作りが好きなの」


 手作りと言った瞬間、目を輝かせる葵。


「はい、でも趣味程度ですが」


 素直に褒められたのが照れ臭かったので謙虚に優は返事をする。


「なんか中村さんって凄いね」


 瞳も優のクオリティの高さに舌を巻いている。


「その良かったら食べてくれませんか。一応味見はしてあるのでそこまでまずくはないと思います」


 優はあまり期待させすぎないように伏線を張る。

 あまり期待しすぎてそれよりおいしくなかったらガッカリされると思ったからだ。


「うんうん、ありがとう。おいしくいただくね」


 葵は嬉しそうに優からシュガーラクスを受け取る。


 喜んでもらえて良かった。

 それだけでも嬉しかった。


 葵の笑顔はいつもとは違って、無邪気な笑顔だ。

 また自分の知らない葵の顔を見た優はなぜか嬉しく、幸せな気持ちになった。


「それじゃー放課後感想を言うね。でも見た目からも分かる通り、おいしそうだけど」


 優の予想外なことに葵はまた優に会ってくれると言ってくれた。


 もしここに誰もいなかったらきっと優は飛び跳ねて喜んでいただろう。


 それぐらい、嬉しかった。


「はい、では失礼します」


 優は弾むように返事をして葵の教室を出る。

 その足取りは来る時は比べ物にならないぐらい軽やかな足取りだった。




待ちに待った放課後。


 昼休み葵と会う約束してからウキウキが止まらなかった。

 そのせいでいつもより午後の授業が遅く感じ、気持ちだけがはやっていた。

 クラスメイトは仮入部に行く人が半分、友達同士で街へ遊びに行く人が半分だった。


 仮入部に行く人たちはその部活が好きだったり興味があるのか、我先にはしゃぎながら教室を飛び出す。


 逆に、友達同士で遊びに行くグループは教室の一箇所に固まり楽しそうに予定を話し合いながらゆっくりと教室を出て行く。


 どちらのグループにも入れなかった優は今までその光景を妬ましく見ていた。


 でも今日は違う。


 だって葵が放課後優に会ってくれと言ったのだ。(少し曲解が入っている)


 さすがに後輩一人で先輩の教室前で待つのは精神的にきつい。


 先輩に絡まれたら怖いし萎縮してしまう。


 そのため、みんなが必ず通って下校するところ、つまり昇降口で待つことにする。

 ここなら一年生が誰かと待ち合わせしていても先輩に絡まれることもないし、葵とすれ違うこともないだろう。


 優は葵とすれ違わないように急いで昇降口に向かい、葵を待つ。

 昨日今日で変わらないが日が沈みかけているこの時間帯は昼間の温かさはなく、日が暮れるにつれて、どんどん肌寒くなってくる。


「まだかな先輩」


 優はウキウキしながら昇降口に背中をもたせ掛ける。

 優の頬は葵に会える喜びと緊張で赤く染まっていた。きっと夕日だけのせいではないだろう。


 でも十分ぐらい待っても葵は来てくれない。

 するとだんだん、優の胸に不安が募る。


 もしかして先に帰ってしまったんじゃないか。

 もしかしたらあれは社交辞令で本当は会うつもりがなかったのではないか。


 どんどん優の気持ちがしぼんでいく。


「もしかして同じクラスの中村さんよね」


 昇降口で葵を待っているとクラスメイトに声をかけられた。


「えーっと……確か倉木さんだよね」

「うん、そうだよ。もしかして中村さんも誰か待ってるの」


 声をかけてきてくれた人はクラスメイトの倉木実乃里。男の娘だった。


 倉木実乃里(くらきみのり)は優と同じクラスの高校一年生の男の娘だ。

 身長は百五十センチ。

 髪は地毛なのか黒髪ではなくダークブラウンな髪色をしている。

 長さは肩にかからず、耳が隠れているボブカット。

 その髪は女子にも負けないほど滑らかで艶があり、ちゃんと手入れをされているおかげで枝毛一本見つからない。

 優しく穏やかそうな目をしており、頬はふっくらしている。

 唇は薄いが、色は桜色で可愛らしい。


「うん、放課後に楠先輩と会う約束をしてるんだ」

「へぇ~あの生徒会長の楠先輩と。なんか中村さんって凄い人だったんだね」


 優が葵と会う約束を伝えるとなぜか、実乃里が驚いた表情を浮かべる。


「確かに楠先輩って凄いよね。素手で車を止めちゃうし」

「えっ?」

「えっ?」


 優も葵の凄さを語ると、実乃里が変な声を出す。


 どうやら、優と実乃里の葵の凄さは違っていたらしい。

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