第4話 大丈夫よ中村さん。私に任せて
「そう言えば中村さんは友達とかできた?」
「……」
「ま、まだ入学して一週間だもんね。今は新しい環境に慣れるので精一杯よね」
葵は軽い気持ちでその話題を振ったのだろう。
だが、入学して一週間が経つのにも関わらず友達が一人もいない優にとってその質問は地雷だった。
優の無言で状況を察した葵は焦りながらフォローをするが、逆にいたたまれなかった。
「あっ、そうだ。それなら私と友達になりましょう」
「えっ……」
葵の突然の提案に思考が追い付かない優。
「私と友達になれば中村さんは独りではなくなるわ」
まるで名案だと言わんばかりに葵は目をキラキラ輝かせる。
葵は文武両道。しかも生徒会長で生徒や先生からの信頼も厚く、おまけに美人である。
一方優は、平々凡々のどこにでもいる高校一年生の男の娘である。
全く釣り合わない。
「えっ……と……」
「もしかして中村さんは私と友達になりたくないの」
「いえ、そんなことはないです。私、楠先輩と友達になりたいです。でも私と楠先輩とじゃ全然釣り合わないと言いますか……」
「釣り合う釣り合わないってどういう意味。私は中村さんと友達になりたいのに釣り合う、釣り合わないって大事なの」
優は葵と友達になるのはおこがましいと思った。
だから、優は真剣な目をしている葵を直視できずに視線をそらす。
それが葵の逆鱗に触れてしまい、葵を怒らせてしまう。
葵の声が予想よりも大きかったせいか通行人が何事かと優たちに注目する。
「ご、ごめんなさい」
あまりの剣幕に優はすぐさま謝罪する。
美人な人が怒ると怖いと聞くが、本当に今の葵は怖かった。
「私こそごめんなさい。強く言いすぎてしまって。でもそんなに自分のことを卑下する必要はないと思うわ。私も中村さんも友達になりたいと思っているだもの。それならもう私たちは友達。つまり対等よ」
葵はとびっきりの笑顔を振りまきながら優に握手を求める。
この手を握ればきっと葵と友達になることができるのだろう。
優はその手を握り返し握手をする。
「これで私たちはもう友達ね」
「はい」
この日、優にとって初めての友達ができた瞬間だった。
幸せだったのはつかの間。
大通りの方から大きなエンジン音が聞こえる。
「えっ、なにあれ」
「あれ逆走してるよね」
「ちょっと待って、これヤバいんじゃない」
「これは動画撮らないと」
「えっ、こっちに突っ込んでくるわよ」
周りが騒然とする。
優と葵は大通りを見ると、明らかに黒い軽自動車が暴走していた。
黒い軽自動車は逆走しながら歩道側へと突っ込んでくる。
優は突然のことに脳の処理が追い付かず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
ヘッドライト明かりが目を刺激する。
優は完全に暴走車の進路に入っていた。
「大丈夫よ中村さん。私に任せて」
ヘッドライトに照らされながら頼もしい声が聞こえてくる。
葵は優の前に立ち、突っ込んできた暴走車を受け止めた。
受け止めた。
大事なことなので二度言ったが、葵は暴走車を受け止めたのだ。
改めて日本語を咀嚼しても分からなかった。
「えいやー」
葵は雄たけびを上げながら車をひっくり返した。
ひっくり返した。
また意味不明だったので二度言ったが、やはり意味が分からなかった。
ひっくり返った車は激しくタイヤの音が鳴っているが地面にタイヤが接していないのでこれ以上暴走する心配がなくなった。
「大丈夫、中村さん」
「……」
「本当に大丈夫。中村さん、上の空よ」
信じられない光景を見て思考停止していると、葵は心配しながた優の体を揺さぶる。
「だ、大丈夫です。むしろ楠先輩こそ大丈夫なんですか」
「私は大丈夫よ。だって鍛えてるもの」
葵は自信満々に力こぶを作る真似をするが、鍛えてどうにかなるレベルを遥かに超えていると優は思う。
確かに葵の言うとおり、見たところ傷はなさそうだ。
「ありがとうございます楠先輩。おかけで助かりました」
「どういたしまして。私は中村さんが無事で本当に良かったわ」
「それは私のセリフです。楠先輩が無事で本当に良かったです」
助けてもらったのにまだお礼を言っていないことを思い出した優は改めて優にお礼を言う。
葵が助けてくれたおかえで、二人とも怪我一つない。
「……心配してくれてありがとうね、中村さん」
風が通り過ぎる。
葵がなにか言ったような気がしたが、その声はあまりにも小さくて風に流されてしまった。
「えっ、あの女子高生無事なの」
「今、止めてたよな」
「車をひっくり返すことなんて人間にできるの」
「なんか面倒くさそうになりそうだから、逃げるわよ中村さん」
「えっ……」
「警察の事情聴取は何時間もかかるものなのよ。そんなことで時間を浪費したくないわ」
面倒事に巻き込まれると察した葵は優の手を引いて、急いでその場を離脱する。
いきなりのことに優は困惑しつつ、葵に手を引かれながらついていく。
先輩女子の手は少し汗で湿っていて、とても柔らかかった。
それに走って逃げながらも笑っている葵はとても可愛くて、思わずドキッとしてしまった。
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