第一章 楠葵先輩は最強である

第2話 『楠先輩、とっても可愛かったな~』からかな

 中村優はオタクである。


 別に隠しているわけではないが、積極的に公表しているわけではない。


 放課後。


 まだ四月の夕方は肌寒い。

 昼間は太陽が出ているから、暖かいが東北の春の夕方がまだまだ寒い。


 オタクの優はウィンドショッピングをするためにアニメショップにやってきた。


 もちろん、一人である。


 今日、学校で話せたのは葵一人だけで他の人とは話すことができなかったが、一人でも話すことができたのは優にとって大きな収穫だった。


「楠先輩、とっても可愛かったな~」


 今日話した葵のことを思い出し、頬がにやける。


 三次元の女の子を二次元の女の子と比べるのは失礼かもしれないが、葵は二次元の女の子にも負けないぐらい可愛かった。

 年上で包容力もあり、優に対しても優しく気さくに話しかけてきてくれた葵はまさに天使だった。


「はぁ~私と楠先輩は住む世界が違いすぎるよね~。楠先輩は可愛くて生徒会長でみんなから頼りにされる。一方、私はただのモブのオタク。全然釣り合わない。私もラノベの主人公だったら可愛い先輩ともっとお話ができたのに。そもそもラノベの主人公ってだけでモブじゃいでしょー」


 今日葵と話してみて分かったことがある。


 それは葵が眩しすぎるほど陽キャだということである。


 オタクで陰キャの優とは住む世界が違すぎる。


 ちょうどラノベの新刊コーナーにいた優はなんの罪もないラノベ主人公に八つ当たりをする。


 そもそもラノベの主人公というだけでモブでも普通でもない。


 選ばれた人間である。


「中村さん、私と中村さんは同じ世界に住んでいるのだから、住む世界は同じよ」

「いや、全然違いますよ。私と楠先輩は月とすっぽんぐらい違います」

「私と中村さんは同じ人間なんだから同じだと私は思うわ。というか可愛いって……後輩の男の娘に言われるとなんだかむず痒わね」

「えっ……楠先輩……」

「はい、楠先輩です」


 自然と会話をしていて気づくのが遅れたが、一人でアニメショップに来ていたはずなのに会話をしていた。


 驚きながら後ろを振り向くとそこにはとても可愛い生徒会長、楠葵がニコニコしながら立っていた。


 その事実に気づいた瞬間、優は恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になる。


 つまりあの恥ずかしい独り言を葵に聞かれていたのである。


 穴があったら入りたいということわざはこの時のためにあったのかもしれない。


「……ちなみにどこから聞いてました」

「『楠先輩、とっても可愛かったな~』からかな」


 ということは葵は全部優の独り言を聞いていたことにある。

 優の心にどんどん羞恥心が積もっていく。


「そんなに落ち込まなくても良いわ。私から見て中村さんは十分可愛いわ」


 葵は笑顔を浮かべながら優のことをフォローする。


 それがお世辞だと分かっていても、こんな可愛い先輩に『可愛い』と言われたら照れてしまう。


「……ありがとうございます」


 優は消え入りそうな声でお礼を言う。


 この時、気恥ずかしくて優は葵の顔が見れなかった。


 葵とアニメショップで出会って、しかも恥ずかしい独り言を聞かれて狼狽していたが時間が経つに連れて優も落ち着きを取り戻す。


「楠先輩もアニメと漫画とかラノベとか好きなんですか」

「好きか嫌いかと聞かれれば普通ね。昔はアニメとか見てたけど今は見てないし、こういうお店があることも知らなかったわ」


 てっきりアニメショップに来るぐらいだから葵もこういうものが好きだと思っていたが、葵の反応は予想外だった。


 そもそも葵は今日までこういうアニメいショップがあることすらも知らなかったらしい。


「ならどうしてこのお店に入ったんですか」

「それは中村さんを見かけたからよ。せっかくだからもう少しお話ししてみたくてこのお店に入ったんだけど、中村さんがあまりにも真剣に商品見てるからなかなか話しかけるタイミングが分からなくて」


 アニメショップを知らない人間がなんの脈絡もなくこのお店に入ることはない。


 どうしてこのお店に葵が入ったのか疑問に思った優は葵に質問したが、その返答はあまりにも予想外だった。


 そう答える葵は少しだけ困った笑みを浮かべた。


「でも真剣になるぐらい中村さんはこういうものが好きなのね。良いと思うわ」


 そう言って葵は店内を見回す。


「好き……ですね」


 葵に肯定されて優は嬉しくもあり、むず痒くもあった。

 自分の好きなものを肯定されるのは嬉しいものだ。


「せっかくだから中村さんにオススメでも紹介してもらおうかしら」

「へぇっ」


 葵のいきなりな提案に優は思わず変な声が出る。


「もしかして嫌だった?」

「別に嫌ではないですけど……」


 別に嫌ではない。


 ただ急なことに驚いただけである。

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