楠葵先輩は頼られたい

黒姫百合

プロローグ 楠葵先輩

第1話 あっ、私、一人だ

 四月は始まりの季節でもあり、出会いの季節でもある。


 高校生一年生は三年間過ごした中学を卒業し、中高一貫校でもない限り皆環境がガラリと変わる。


 入学初日はよそよそしかったクラスメイトたちも一週間も経てば、中学とはまた違うグループができる。


「あっ、私、一人だ」


 一年二組の教室で、新入生の中村優は自分の席で頭を抱えていた。




 どうして優がグループに入れず孤立しているのか。


 それは入学式から今日までの約一週間、風邪で寝込んでいて学校を休んでいたからである。

 優は完全に友達作りに乗り遅れてしまったのである。


 これはかなり致命的で、一度グループができてしまうとなかなか入りづらい。


「入学式の時、風邪さえ引かなければ……」


 優は一人、風邪を引いたことを後悔する。


 もし、入学式の時風邪を引かなければ、ボッチにはならなかったはずだ。


 多分。


 入学式の朝から熱っぽかったのは自覚していたが、最初学校を休んでしまうと孤立してしまうのは中学の時から分かっていたため、無理して学校に行ったのだがそれが間違いだった。


 無理して学校に行ったせいで余計に体調が悪化し、一週間も寝込んでしまった。


「……一旦、教室の外に出よう」


 なんとなく感じる居心地の悪さに耐えられなかった優は、教室の外に出る。


 中村優(なかむらゆう)は高校一年生の男の娘である。

 男の娘と言っても創作で出てくる男の娘と同じようで違う生き物である。

 この世界には男子である男の娘と女子である女の子の二種類しかいない。

 だから、顔だけで見ると男の娘なのか女の子なのか分からない。

 男の娘の特徴は胸がないことと、男性器がついており、女性は胸が発達し女性器が付いている。

 だから体つきは男の娘の方がゴツゴツしており、女の子の方が丸みを帯びているが、パッと見はあまり大差はない。


 閑話休題。


 身長百五十五センチ、黒髪のミディアムのストレートである。

 体型も結構華奢である。

 制服は男子は紺色のブレザーに黒のチェックのスラックス。

 女子は紺のブレザーに黒のチェックのスカート。

 首に付けるリボンは学年ごとに違う色をしており、今年は一年生が赤、二年生が黄色、三年生が青色である。


 教室の外に出た優だが、もちろん行く当てもない。

 適当に校内を歩いて、時間ギリギリになったら教室に戻るだけだ。

 教室の机に一人でいるよりかは、校内を一人で歩いていた方が精神衛生上、優的には良い。


 当てもなく校内を歩いていると、曲がり角で誰かにぶつかる。


「いたっ」

「ごめんなさい。大丈夫?」


 体格差のせいで優は尻餅をつく。


 そんな優に手を差し伸べ心配そうに顔を覗きこんで来る少女がいた。


 ボッチの優でもこの少女が誰なのか一発で分かった。


 生徒会長の楠葵である。

 楠葵(くすのきあおい)は高校三年生の女の子で、この学校の生徒会長である。

 身長百七十二センチ。

 紺色がかった黒髪のロングでストレート。

 前髪は眉でキッチリと切りそろえられている。

 いわゆる姫カットである。

 大きいのは身長だけではなく胸もなかなか大きい。

 推定Fカップはあるだろう。

 アイドルにも負けない容姿に勉強も運動もできるらしい。

 まさにパーフェクト生徒会長である。


「いえ、大丈夫です」

「ごめんね、痛いところとかない?」

「はい、大丈夫です。それよりもすみません。少し考えごとをしていてぶつかってしまって。楠先輩こそ大丈夫ですか」

「私は倒れなかったから大丈夫よ。あら、私の名前知ってるの」


 自分の名前を知っていることに葵は驚く。


「はい、入学式のとき挨拶してましたから」

「覚えていてくれて嬉しいわ。あーいうのって誰も聞いていない人が多いんだけど。私は三年生の楠葵です。よろしくね……ごめんなさい、名前を教えてもらってもいいかしら」


 葵の言うとおり、入学式の在校生のあいさつを真面目に聞いている人は少ない。


 でもこんなにも可愛い先輩があいさつをしていたら、誰だって記憶に残るだろう。


 新入生に名前を覚えてもらえて嬉しいのか葵はニコニコと笑っている。


 笑うとさらに可愛い。


 葵は優の名前を言おうとして名前を聞いていなかったことを思い出したのだろう。


 少し、バツの悪い顔をしている。


「はい、私は中村優と言います」


 優は葵に自己紹介をする。


「中村さんね。さっきは本当にぶつかってしまってごめんなさいね」

「いえ、私もボーっと歩いていましたから」

「中村さんは優しいのね。それじゃー私は移動教室だからこれで失礼するね」

「はい」


 葵は手を振りながら笑顔で立ち去っていった。


 優はさすがに先輩に手を振るわけにもいかず、会釈して対応する。


 とても綺麗で可愛い先輩だった。


 今さらになって葵に握られた手の温かさと柔らかさを思い出し、少しだけ気恥ずかしくなり顔を赤く染める。


 学校で誰かと話すことができ、少しだけ優の心が軽くなった。




春の訪れが冬に積もった雪を溶かし植物を芽吹かせるのと同じように、優の心になにか芽吹き始めていた。


だが、優はその芽吹きにまだ気づいていない。

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