とりあえず・・・(Rockn' Roll)

榊琉那@屋根の上の猫部

とりあえず、トリあえず。

「とりあえず、お気に入りのアーチストの演奏見せて」

「とりあえず、他にもあるのを見せて」

「とりあえず……」


(ああ、何なんだ、この人は?)


ケンイチは非常に困惑していた。ここまで変わった人とは思わなかった。



きっかけは、よく講義のノートを貸してあげているミチコ先輩からの話だった。

「ねぇ、ケンイチ君って音楽に詳しかったよね。実は私の友達のマキって子だけど、

随分変わった趣味でさぁ。何でも色気のある男が好きで、

そんなアーチストを探しているんだってさ。話を聞いてあげないかな?」

「別にいいですけど、その人、変な人じゃないですよね?」

ケンイチは少々不安げだ。

「大丈夫……、だと思う。自信はないけど。ちょっと気が強いくらいかな?」


ケンイチは少しどころか、かなり不安になってきた。自分はどちらかというと、

物静かな人間だし、グイグイ言われてきたらどうしようもなくなるんじゃないかって思ってる。もしかしたら、一人でいる時には好きな音楽を聴いている、

そんな生活が終焉を迎えるんじゃないかってさえ思えてきた。


「まぁ、取って食われるような事がないなら、話を聞きますけど……」

「ありがとね。今度の講義が終わってから、時間作ってもらえると助かるかな」

「まぁ、嫌だって言っても押し付けられるんでしょうね。何か報酬をもらわないと」

「百万ドルの私の笑顔スマイルを0円で。どう?」

「期待していた僕が馬鹿でした」

どちらかと言わなくても、冴えなくて暗い自分にも遠慮なく声かけてくる

ミチコ先輩って何なんだろう?不思議な人だ。とりあえずそう思った。



そして後日、講義が終わって学食で一息ついていると、ミチコ先輩がやって来る。

もう一人、女性を引き連れているけど、この人がマキ先輩かな?

まぁ、満足するまで話を聞いてやればいいかなと思っていたら、

ミチコ先輩、そそくさと逃げて行ったではないか。

ちょっとちょっと、半分引きこもりのような自分に、初対面の女性を

一人で相手させるなんて、無茶ぶり過ぎるでしょう。

どうすればいいの?


「とりあえず、この映像見てどう思う?」

マキ先輩がスマホでYoutubeの映像を見せてきた。

とりあえず、ケンイチは映像を見せてもらう事にした。

よかった、マキさんは気さくな人のようだ。

最初は、おっかなびっくりだったが、嫌がらずに普通に話が出来た。

普通に話を聞いてもらえるだけでもありがたいのだ。

これなら何とかなりそうかな。


(色っぽさを感じる男性がいいって言ってたなぁ。

うん、センスは悪くないか)


一通り確認してみて、とりあえず感想を言ってみる。

そして見せてもらった映像から判断して、自分がいいなと思っている

アーチストの映像を見せてあげた。これでお茶を濁して帰ろうか、

ケンイチはそう思っていたが、実は甘かったとわかるのはすぐの事だった。


「ねぇ、連絡先を教えなさい!〇インくらいやってるでしょ!」


未だかつて、女性に〇インを強制される事はなかった。いや、今後もないだろう。


「〇インなんて殆ど使わないですよ。友達なんていないし。だからお断りします」

「なら、私がお友達になってあげる。〇インなんて、私がバンバン送るから使うようになる。だから早く教えなさい!」

ミチコさんも大概だったが、マキさんはそれ以上だ。

さっきまでの気さくさはどこいった?

いや頑固に断ったら何をされるのやら。う~ん、怖い怖い。

「これで連絡先ゲットね。私が送ったらちゃんと返信する事。いいわね?」



そして今に至る……。うん、どうやって終わらせようか?

話のネタもないし、黙っていれば送信されてくるし、

終わろうとしても、あと少しと言われるし。

う~ん、どうするかな?少し考えてみる。そして出た結論は、

『めんどくさそうに返事をする』

でも大丈夫なのか?逆効果にならないかな?


ケンイチは、ちょっと検索をしてみて、これはというスタンプを見つけた。

『面倒だがトリあえず返信』(略してめんトリ)


(これで上手くいくかなぁ?)


送られてきたら、このスタンプで返信。いかにもやる気無さそう。

これを何度か続いたら、マキさんからの送信が来なくなった。

(ちょっとやり過ぎたかな?マキさんゴメンね)


忘れた頃に、マキさんから送信が来た。


「ちょっと用事が出来たから、ここまでね。今日はありがとう。

また色々教えてね」


う~ん、色々な顔を見せたけど、どれが本当のマキさんなんだろう?

いつの間にか、ちょっと気になる存在になった気がする。

丁寧な返事を書き、今日のやり取りは終わった。

何だか酷く疲れた気がする。



ケンイチは、自分の部屋のラックからCDを取り出す。

『ベスト・オブ・カルメン・マキ&OZ』

ケンイチのお気に入りのグループだ。自分とは世代の合わないグループを

好んで聴いているから、知り合いとは話が合わない。まぁ当然かな。

そういえばマキって、マキさんと同じ名前だなと。


(今日は『とりあえず』ばっかのような気がする)

そして聴くのは、『とりあえず・・・(Rockn' Roll)』

https://www.youtube.com/watch?v=IWcgC-ImAFE


大好きな曲というわけではないが、とりあえず今日はこの曲を聴きたい気分だ。

う~ん、とりあえず、明日からどう接しようか?

まぁ深く考えなくてもいいかな、とケンイチは思った。

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