第46話 解術
塔の中には、ドラゴンである陽奈子も入ることが出来た。
術式の描かれた部屋の天井が、吹き抜けの形になっていたからだ。
元々二つの塔がそういう作りで、巨体であるドラゴンに変化させる為の部屋として最適だったのか、それとも今回の為に作り替えたのかはわからない。
けれど、陽奈子が飛び出した時のように大きく暴れたりしなければ、破壊される事のない都合の良い場所であったことは間違いなかった。
塔の中は真っ暗で、ロベルトが魔法で明かりをつけてくれなければ、何も見えない状態だった。
照らされた事で浮かび上がった地面に描かれた模様は、確かに陽奈子の記憶にあるそれと同じだ。
陽奈子が一方的にこの世界に呼び出され、ドラゴンにされた場所だと思うと、自然と体が強ばって震えてしまう。
「大丈夫。ヒナは、一人じゃない。俺が傍にいる」
そっと腕に触れてくれるマティスの優しい手の感触に、ほっと息をついた。
やがて徐々に、体の震えが治まっていく。
どんなに凄い魔法よりも、マティスの一言が陽奈子を強くしてくれるような気がする。
ロベルトは、暫く部屋中に描かれた文字や絵などの術式をじっくりと確認して回って、最後に模様の中心に立ち、リディから渡された魔導書を広げる。
ロベルトから発せられた言葉は、普段魔法を使う際のそれよりも言葉の羅列がずっと長くて、その呪文が随分難しいものなんだと陽奈子にもわかった。
やがて呪文を全て唱え終わったらしいロベルトが、何かを飲み込むように大きく息を吸う。
目を閉じて、虚空を仰ぎ見る様な姿勢で止まったかと思ったら、手にしていた魔導書がひとりでにパラパラとページを捲っていく。
息を詰めてその不思議な現象を見守っていたら、パタンと最後のページを捲り終わった魔導書が閉じると同時に、ロベルトが詰めていた息を吐き出し瞳を開けた。
「どうだ?」
「問題ありません」
マティスの問いかけに、ロベルトが笑顔を向けて頷く。
冷静なロベルトの笑顔を初めて見た気がして驚いていると、手招きをされる。
「えっと……」
「ヒナ、こちらへ」
「ほら、行ってこい」
「は、はい!」
何が起こっているのかわからなくて、戸惑う陽奈子の背を、マティスがぽんっと押す。
促されるがままロベルトの傍に近寄ると、模様の中心部に座るように指示された。
この世界に召喚された時と同じ環境になる事に、少しだけ不安を感じる。
だが、ここにいるのは陽奈子の味方をしてくれるマティスとロベルトであって、あの怖いメルアという宮廷魔術師ではない。
魔族を生贄に陽奈子をドラゴンに変えて、不老不死を得ようとする考えを持つ人は、ここにはいないのだ。
二人を信じて中心にぺたんと座り、模様の外へと歩いて行くロベルトの背中を追う。
そしてゆっくりと、瞳を閉じた。
(大丈夫、怖くない)
自分に言い聞かせていると、すぐにロベルトの声が再び耳に降って来る。
何度聞いても、陽奈子には理解できない言葉の羅列。
ただ、メルアにドラゴンにされた時と、状況的には全く同じであるにも関わらず、ロベルトが陽奈子を助けようとしてくれている呪文だとわかっているから、全く恐怖は感じない。
マティスの明るい声と比べると、少しだけ冷たく感じてしまう低めの声も、慣れてしまえば心地良い。
やがて、記憶の中で猫のような動物に噛みつかれた場所から、じわじわと熱さを感じた。
その場所が、陽奈子を変化させる為のポイントになっているのだろうか。
沸騰するような熱さはきっと、陽奈子の身体が急激な変化を受け入れるのを、拒んでいるからだ。
暴れ出したくなるのを、必死で耐えるように、ぎゅっと自身の体を抱きしめる。
この時、陽奈子の体はすでに元に戻り始めていたのだろう。
そうでなければ、手足の短いドラゴンの姿で、自分自身を抱きしめられるはずもない。
ただそれを確かめる余裕が、陽奈子にはなかった。
どんどん熱に浮かされる感覚が大きくなり、限界を迎えた陽奈子の意識が遠のく。
遠のく意識の先で、光る動物が陽奈子の中から出てきた気がした。
(あの時犠牲になった、魔族……なの?)
疑問の中に、どこか確信がある。
だが、飛び出てきた光る動物を確認する前に、がくんと身体から力が抜ける。
(身体が元に戻るだけじゃなくて、出来るなら生贄になったあの魔族も、助かって欲しい)
そんな願いを最後に、そのまま地面に倒れ込みそうになる。
けれど陽奈子の身体が地面に落ちる前に、ふわりと身体が包み込まれる感覚がした。
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