第44話 世界を支配する王

「な、何なの……あなた、一体……」

「このお方は、全ての種族の頂点。世界の王たる方だ」


 がくがくと足を震わせながらもかろうじて立っているメルアさんとは対照的に、王が地面に額を擦りつけるようにひれ伏して叫ぶ。

 その言葉を聞いた途端、メルアさんの力がガクンと抜けた。

 メルアが放心した様子でへたり込む姿を目の端に捕らえながら、陽奈子の衝撃も限界突破している。


「マティスさんが、世界を支配する、王様……?」

「すみません。ヒナが何も知らないようだったので、言わないでくれとマティス様が」


 ただの男として、貴方と接したかったんだと思います。

 苦笑しながらそう続けるロベルトの声に、マティスが陽奈子に振り向いて「悪い」と軽く手を上げている。

 その姿はいつも通りの気軽な一人の男性でしかなく、王やメルアに向けていた圧倒的な力を見ていなければ、とても信じられなかっただろう。


「本当、なんですね……」

「ヒナと話している時のマティス様は、とても楽しそうでしたので……」


 普段から敬われてばかりで、個人としてマティスに接する存在は、この世界にはそうそういないらしい。

 身分など関係なく接する事が出来るのが嬉しくて、言い出せなかったという事だった。


 「もう隠し事はないですから」と、続けて苦笑するロベルトの姿は、ただ肯定するよりも真実味があって、それ以上疑う余地はない。

 マティスから溢れ出る自信も、寄せられる信頼も何もかも、自信過剰だとか自分を大きく見せる演技だとかではなく、ただただ存在そのものから来るものだったのだ。


 今までこの世界を襲ってきた、異世界人の慣れの果てであるドラゴンと戦って世界を守ってきたのは、マティスに違いない。

 ロベルトやリディが何度もドラゴンと対峙したことがあったのも、マティスに付き従っていたからなのだろう。


 マティスは陽奈子を助けてくれる王子様どころか、紛うことなく王様であり、世界を守る勇者でもあった。

 本来なら言葉を交わすことすら難しい、縁遠い人だったのだ。

 もしかしたら陽奈子の前に現れたのも偶然ではなく、最初から世界に突如として現れたイレギュラーなドラゴンの様子を、見に来たのかもしれなかった。


「彼女を元に戻す方法は、あるんだろうな?」


 メルアが戦意喪失した事で、操られていた兵士達の攻撃や抵抗も止まる。

 マティスはこの城に降り立ってから、大勢の兵士達を前に、たった二振りで役目を終えた剣を腰に戻す。

 地面にへたり込んで立ち上がれない王と、メルアを縄で縛り付けながら問いかけるマティスの冷笑に、メルアが凍り付く。


「あ、ありませんわ……」

「は?」

「そこまで、研究が進んでいません」

「解除方法も確立されていない術をかけたってのか、ふざけんな!」

「マティス様、気持ちはわかりますが、殺すのはやめておきましょうか。ヒナが怖がります」


 メルアの無慈悲な回答に、再びマティスから魔力ともまた違う膨大な圧力が吹き出す。

 力が爆発しそうになるのを止めたのは、ロベルトだった。

 陽奈子がびくりと体を震えさせたのを察してくれたからこその提言だったが、確かにこのままマティスがメルアを攻撃していたら、恐ろしさで泣いてしまっていたかもしれない。


 ハッとして陽奈子に向き合ったマティスからは威圧的な力が消える。

 そこに居るのは、やはりいつもの王子様でしかなくて、世界を支配する王様という感じは全くしない。

 けれど、マティスは間違いなくこの場を支配する王者だった。

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