第43話 宮廷魔術師
「その術式の為に、魔族を生け贄に使ったな」
「そ、それは……」
続くマティスの問いかけにうろたえたので、王もその事実は知っていたのだという事が明白だった。
陽奈子を召喚し、ドラゴンに変えた事は知らなくても、不老不死になりたいという独りよがりな欲望の為に、魔族を犠牲にする事に対しては許可をしていたということに他ならない。
「このまま国を滅ぼされるか、今後一切の術式を封じられるか、どちらが好みだ?」
マティスの示す二択に、選択の余地はほぼなかった。
国を滅ぼされてしまえば、何もかもを失うのだから当然だろう。
国全体と不確定な不老不死の術を使う宮廷魔術師一人を、天秤にかけられるはずもない。
冷たく放たれた一言に、王はへたり込んだまま動ける気配がなかったが、どちらを選ぼうとしているかは明白だった。
だが当事者であるメルアは未だ毅然と、マティスを睨み付けている。
「貴方を倒してドラゴンを取り戻し、不老不死の儀式を続ける選択もありますわ」
「へぇ……」
「メルア! 知らんのか、このお方が何者か」
「こんな優男一人如きに、一体何が出来るとおっしゃいますの?」
マティスを一目見ただけで、必要以上に恐れている雰囲気はあったが、どうやら王は陽奈子やメルアの知らないマティスの正体について、何か知っている様子である。
情けなく見えても、王であるだけの事はある、という所だろうか。
強気な姿勢を崩さず立ち向かっていくメルアを、王が必死に制しようとしているが、メルアには止まろうとする気配がない。
先ほどまで怯えていたはずの兵士達が、まるでメルアに操られているように虚ろな目をしているのが不気味だ。
そして、「行きなさい」と指示された通りに、武器を手にマティスに襲いかかっていく。
「そういう諦めない姿勢、俺は嫌いじゃないけど。異世界から来たヒナならともかく、この世界の国の中枢にいる奴らに知られてないなんて、俺もまだまだだな」
「この女は、最近宮廷魔術師に就任したばかりでしたね。王の一任という感じでしたから、浅学でも仕方がないのでは?」
「失礼ね!」
好戦的なメルアの態度に対して、何故か楽しそうにマティスが笑う。
そこに、呆れたようなロベルトの言葉が重なって、メルアの怒りに更に火を付けた。
無謀にも、一斉に飛びかかってくる操られた様子の兵士達の姿に慌てるが、そんな陽奈子にマティスもロベルトも平気な顔で「大丈夫」を、繰り返すだけだった。
マティスを取り囲むようにして、剣を振り上げた兵士達が四方八方に吹き飛ばされたのは、その一瞬後。
囲まれ真ん中に立っていたマティスに、傷一つ付いてはいない。
ほっとしたのも束の間、マティスからは先程までとは比べものにならないくらい、殺気というか身に纏うオーラというか、そういう目には見えないけれど感じられる力が大きく立ち上っていた。
ドラゴンという巨体を持ち、守られているという立場の陽奈子でさえ、恐怖で身震いしてしまうほど、マティスの雰囲気は優しい王子様から一変、恐ろしい魔王のように変化している。
「ヒナは「純粋な」ドラゴンじゃない。ただの女の子の心臓が欲しいのなら、お前が差し出せば良いだろう。見かけの変化だけで目的が達せられるというのなら、俺がお前の姿を変えてやろうか?」
そのまますぐに息の根を止めてやるから、敬愛する王に差し出せば良い。
揶揄う様に笑いながらそう続けるマティスだったが、その身に纏う圧倒的な力を見せつけられた後なので、その台詞が冗談ではない事がわかってしまう。
信じられないものを見る様な目で、メルアが声を震わせた。
「何を言っているの? ドラゴンは、異世界人の慣れの果てでしょう?」
「大した浅知恵ですね」
「その程度の知識で、事を起こしたのか。本当に愚かだな」
マティスの言葉の真意がわからないとでもいうように、メルアが言い放った言葉に、マティスとロベルトが無知を嘆きながら哀れんでいる。
陽奈子も、召喚に失敗した末に異世界人が、ドラゴンに変化すると説明を受けていた。
この世界には、純粋なドラゴンが別にいるのかだとか、マティスは人を簡単にドラゴンに変化させる事が出来るのかとか、陽奈子もメルアとほぼ同じような感想を抱いている。
けれど、二人がわざとメルアを怒らせて混乱させようとしている事だけはわかったので、口を挟まずにじっと成り行きを見守る事にした。
陽奈子が下手に声を出すと、マティスやロベルトの邪魔をしてしまうだけだ。
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