第42話 元凶

「マティス様なら、人間の作った都の一つや二つ、お一人で滅ぼせますから、ご安心下さい」


(どういう事!? 全く安心できないけど!?)


 ロベルトが、相変わらず陽奈子の思考を読んだようにこっそりと耳打ちしてくれた。

 だが、その内容が衝撃過ぎて、全く安心には繋がらない。むしろ不安が増幅した。

 かなり驚いているし、聞きたいことは山ほどあったけれど、聞き返すことの出来る状況ではないという事だけは理解していたから、ただこくんと頷くに留める。


 ロベルトと陽奈子の話していた内容は、兵士達には聞こえていなかったはずだ。

 けれどロベルトが声をかけ、会話を交わした後にドラゴンが頷いたという一連の行為だけが見えたことで、兵士達の恐怖をさらに煽る事にはなったらしい。

 先頭に立っている数人の兵士達の体がちょっと可哀想な位に、びくりと強ばったのがわかった。


 暫く一方的にも見える睨み合いが続いていたが、やがて城と屋上をつなぐ扉が再び開かれると同時に、人垣が割れる。

 兵士達に守られながら、マティスが連れてこいと命じた対象人物が到着したらしい。


 びくびくおどおどとしているのが明らかな男性とは対照的に、黒いローブを纏った女性は毅然とした態度で、マティスの前まで歩いてくる。

 男性の方は、豪華そうな装飾をたくさん身につけていたから、きっとこの国の王様であるに違いない。


 陽奈子を召喚し、ドラゴンにした原因とも言える人なので、もっと怖そうな人を想像していたけれど、どこにでもいそうなおじさんである。全く威厳を感じない。

 反対に女性の方は、マティス越しに陽奈子をじっと睨み付けて来ていて、思わず一歩下がってしまう。


 その一歩と同時に地面が揺れ、兵士達が慌てて武器を構え直すものの、マティスの威圧的なひと睨みに、動き出す事は出来ずにいる。

 マティスの威圧だけで、気弱そうな王はドスンと尻餅をついていて、兵士達に助け起こされていた。


 陽奈子の動きに対して微動だにしなかったのは女性一人だけで、彼女が陽奈子の正体を知っている証拠の様に思われた。

 その態度から、朧気な記憶が確信に変わる。


「ヒナ、どうだ?」

「……この人です」


 王と女性から視線を外さず、背後から陽奈子に問われたマティスの言葉は、陽奈子の記憶の齟齬を確認するものだとわかった。

 マティスやロベルトが、今まで何でもないように会話していてくれたから、半ば忘れかけていたけれど、やっぱり陽奈子の声は人間には通じないどころか咆哮に聞こえるのは間違いないようである。

 短く答えたその声に、兵士達が更に身構える姿を目の当たりにして、少し傷つく。


 それを理解しているからだろうか、マティスはその一言だけで十分だと言わんばかりに深く頷き、陽奈子に対する質問を終わらせてくれた。

 敵を前にすると恐ろしく感じたけれど、やはりマティスは本質的には、とても優しい王子様だ。


「どうやら、お前達が元凶で間違いないようだ。どういうつもりか、聞かせてもらおうか」

「ど、どういうつもりとは……」

「異世界から少女を召喚するだけでは飽き足らず、世界に脅威をもたらすドラゴンへと無理矢理変化させた、その所業についてだ」

「わ、わしは何も知らんぞ! メルア、どういう事だ」

「わたくしはただ、不老不死を望む王の願いを、叶えて差し上げようとしただけですわ」


 冷たく突き刺さる様なマティスの声に、王が慌てたように宮廷魔術師の女の人を見た。

 メルアと呼ばれたその女性は、飄々とした表情で、責めるような王の視線を受け流している。

 王の為だと言いながら、どう見てもメルアは王を見下していた。

 決して、敬っているようには感じられない態度である。


「わしは、異世界人をドラゴンに変える術を行うなど、聞いておらぬ!」

「ドラゴンの心臓を得る方法があると進言致しましたら、すぐに許可を下さいました」


 焦る王とは対照的に、マティスから視線を外そうともせず真っ直ぐ前を向いたまま、はっきりと答えたメルアは堂々としていて、悪い事をしたとは微塵にも思ってはいない様子である。

 もしかするとこの国では、ドラゴンの心臓を捧げたり食べたりしたら、不老不死になれるという伝承か何かがあるのだろうか。


 確かに陽奈子の知っている範囲でも、人魚の血を飲むとか、珍しい植物や鉱物で薬を作らせるとか、富士山の麓には妙薬があるとか、不老不死になるための伝説は、地球にもいくつかある。

 実際には、本当に不老不死になったという人を見た事も聞いた事もないし、科学的根拠もない。

 だからそれが、言い伝えの域を出ないことは、陽奈子でもわかる。


(でもこの世界では、そうじゃないのかもしれない)


 この世界の文明がどれ程のものか、陽奈子に推し量ることは難しい。

 けれど、兵士達の装備を見る限り、武器は剣だったり弓だったりが一般的でありそうだ。

 科学ではなく魔法が発展しているという感じだし、装備だけで文明や豊かさを判断することは出来ない。


 ただ、魔法を使えるのは魔族だけという事だったので、人間の国に絞ればある程度の予測は付く。

 もし日本でいうところの、開国前。江戸時代くらいまでの発展と同程度であるならば、不老不死についての根拠のない伝承が、真剣に信じられていてもそう可笑しな事ではないのかもしれなかった。


 今まで召喚に失敗して、ドラゴンに変化した異世界人がどれほどいたのかはわからない。

 ロベルトやリディの口ぶりからすると、討伐を行えたのは力や魔力のある魔族が大半だったに違いない。

 魔族達ならまだしも、圧倒的に戦力差のある人間達に、世界を滅ぼすとまで言われているドラゴンの心臓を取得できた事がある者は、きっといないだろう。


 ドラゴンの血肉を手に入れることが困難であるからこそ、不老不死という永遠に手の届かない欲望とが合わさって、信憑性を生み出してしまっているのかもしなかった。

 巻き込まれた陽奈子としては迷惑この上ないけれど、権力者ほど固執しそうなテーマではある。


 実際、日本だけではなくどの国にも似たような伝説はあるらしいので、命ある者の間で昔から繰り返し研究されてきた問題なのだろう。

 特に、一国の王がそれを望んだ時の部下は、大変だ。


 メルアの態度を見ていると、王の為に一心不乱に探求しているという感じはしないので、メルアにとっても研究材料として面白い題材であり、単に利害が一致しただけなのかもしれない。

 王が突然見知らぬメルアを、宮廷魔術師に迎えた理由も、不老不死の研究の為だと考えれば納得もいく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る