第41話 王子様の実力

「この後は、どうしますか?」

「そうだな……。ヒナをここに一人で置いていくわけにもいかないし、向こうを呼ぶか」

「承知しました」


 鳥の姿から人型に戻ったロベルトが、マティスに指示を仰ぎその回答を受けると、即座に魔導書を広げる。

 どうやら何か魔法を使うのだろうという事はわかったが、陽奈子には二人の端的な会話だけでは、何をどうしようとしているのか全くわからない。


 相変わらず理解できない謎の文字列が、魔法を発動するための呪文だと確信出来ただけ、陽奈子もこの世界を理解し始めているのかもしれない。

 だが、今はそんな事よりも、その結果どういう事態になるのかを教えて欲しかった。


「あの、マティスさ……きゃ」


 説明を求めようと陽奈子が声を発するのと、ロベルトの放った無数の氷の刃が、無事だったもう一方の塔を覆い、綺麗に凍らせてしまうのとは同時だった。

 一瞬で変わってしまった景色に呆然としていると、マティスが意外そうな顔をして「へぇ」と声を漏らしている。


「珍しいな。いつもはもっと派手にやるだろ?」

「あちらの塔にはまだ、呪術陣が描かれている可能性もあります。念のため、破壊しておくのはやめておこうかと」

「なるほどな。ま、これであっちの塔から攻撃される心配もなくなったし、後は待ち構えるだけってわけだ。ヒナは、俺の後ろにいろよ」

「は、はい」


 状況に全然ついて行けていないけれど、とりあえずマティスの後ろにいれば安全だという事だけはわかったので、こくこくと頷く。

 大きな揺れの後、程なく一瞬にして氷付けになった塔を見て、城下では兵士らしき人々が慌てたように忙しなく動き始めている。


 やがて異変の原因が、城の屋上だと特定できたのだろう。

 バタバタと、複数の人間が城の屋上に向かって階段を上って来ているのであろう、多数の足音が聞こえた。


「さて、と……。ロベルト、準備は?」

「いつでも」


 先ほどからの短いやり取りで、マティスとロベルトがこういった状況に慣れているのが察せられる。

 無駄な会話を一切せず、むしろ必要な言葉さえ交わしていない様に思えるのに、二人は完璧に通じ合っている様子だ。

 二人が他の人よりも随分強いというのは、もう確実だと思うけれど、普段から戦いの場に身を置いているのだろうか。


 屋上と城内を結ぶ分厚い扉が開く頃には、マティスは腰に差していた剣を抜いていて、既に臨戦態勢が整っている。

 幾人もの兵士が屋上へと雪崩れ込んでくるその前に、ロベルトの生み出した炎をその剣に纏い、一振り薙ぎ払った。


 陽奈子には軽く振っただけの様に見えたけれど、場を支配する剣圧に乗って巨大な炎が複数の兵士達を襲う。

 先頭を切って突入した勇猛果敢な兵士達は、自分たちの身に何が起こったのかわからないままに、崩れ落ちた。


 陽奈子が知っているマティスの強さは、ほんの一端だ。

 ロベルトが陽奈子に向けた氷の刃をいとも簡単に斬り落としたり、食料調達と言って巨大な肉の塊から果物まで短時間で取ってきてくれたり、力の使い方を知らない陽奈子とはいえドラゴンに吹き飛ばされても全く平気だったりと、マティスの身体能力の片鱗は十分感じていた。


 けれど、目の前で本格的に戦う姿を見たのは初めてで、その圧倒的な強さにただただ驚く。

 たった一撃で沈めた兵士の数は、両手に足りないだろう。

 ロベルトの魔法が剣に重なっているとはいえ、陽奈子の知るファンタジー世界の知識の範囲内では、他人の魔法を自分の力に変える行為というのは、かなり難しいものだ。


 この世界においては、陽奈子の常識が通じないところも多いけれど、ただでさえ難しそうな魔法を剣に乗せて扱うなんて、簡単に出来ることではない。

 それをいとも容易く扱っているし、付与された魔法の威力を増大させている様にさえ見えた。


 自分の力を最大限に上手く使って貰えるというのは、力を持つ者であればあるほど、難しい事だとわかるのだろうし、気持ちの良いものなのだろう。

 兵士達を倒したマティスではなく、ロベルトの方が誇らしそうな顔をしている。

 この力を目の当たりにすれば、ロベルトやリディが絶大な信頼を寄せる意味も、わかろうというものだ。


「魔族を愚弄し、罪もない異世界の少女を巻き込んで、混沌の種であるドラゴンを生み出そうとした、愚かな女と王を呼べ」


 突然の巨大な力を前に、完全に怯んでしまっている兵士達に対して、マティスが高らかに下したのは、絶対的な王者の命だった。

 ビリビリと空気が震え、有無を言わさぬ雰囲気がある。


 後方にいた伝達係を担っているらしい兵士が、慌てたように駆け出す音だけが響く。

 前方の兵士達も、かろうじて武器は構えているものの、マティスの放つ圧力に押されて、動く事すら出来ていない。


 マティスの背中に庇われて、その表情を直接見ていない陽奈子でさえ、いつもの優しい王子様な雰囲気とは違いすぎる様子に、緊張してしまっているくらいなのだ。

 出会い頭に圧倒的な力量の差を見せつけられ、その鋭い視線と敵意を真っ直ぐに向けられている兵士達の感じる恐怖は、きっと比にならないものであるに違いない。


 しかもマティスの後ろには、巨大なドラゴンである陽奈子が控えている。

 実際は何も出来ることはないのだけれど、この緊迫した空間の中で陽奈子が戦えない事を知っているのは、マティスとロベルトだけだ。


 例え陽奈子をドラゴンにしたのが、この国の人だとしても、きっと兵士達のほとんどは、陽奈子が元々ただの女子高生だとは知らないはずである。

 目の前に居る巨大なドラゴンの正体が、召喚されたばかりで何も知らない異世界人だと理解している者が、どれほど居るものか。


 ある程度事情を知っていたとしても、恐らくはつい先日制御できずに逃がしたはずのドラゴンを、マティスが従えて現れた様にしか見えないだろう。

 陽奈子が自在に炎を吐けたりしたなら、もっと役に立てるのだろうけれど、マティス達と話せる様になった今でも、正直なところどうすれば声が出てどうすれば炎が出るのか、確信が持てていない。


 なんとなく陽奈子の精神状態に起因しているような気もするけれど、予想だけで動くと逆に足手まといになりかねなかった。

 ここは、大人しく飾りに徹するに限る。

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