第40話 先制
「あそこだ」
空に浮かぶ古城から、リディの岩山に辿り着いたのと同じくらいの距離を飛行した頃、マティスが目的地を指し示した。
顔を上げると、今まで見た事もない位に大きな町が広がっている。
碁盤の目の様に正確に整備された道路に沿って、所狭しと立ち並ぶ色とりどりの建物。
町並みはすべて一方向に向けて発展している様子で、行き着く先には西洋のお城に似た立派な建物がそびえ立っていた。
城の脇には、見張り台を兼ねているのか、巨大な塔が両端を守るように二本立っている。
ただ、その内の片方はつい最近破壊でもされたのか、半分以上が崩れており中が丸見えで、見張りとしての機能も籠城としての機能も、失ってしまっている様に見えた。
大きな被害だと思われるのに、近くにある城や街中には何の被害もなく、ただその塔だけが無残に崩れ落ちているので、どうやら天災や戦いによる被害ではなさそうだ。
目をこらして、その崩れた塔を上空から確認する。
瓦礫の中から見え隠れする床には、先ほどリディが予想で描いてくれた模様と同じような、陽奈子の記憶にある真っ暗な場所に描かれていたものと近いと思われる模様が見て取れた。
何より、思い出そうとすると靄がかかり痛む頭が、この場所が正解だと暗に告げている。
きっとこの塔を破壊したのは、ドラゴンになった陽奈子自身だ。
「多分ここ、です」
「よし。じゃあこのまま突っ込むか」
「え!?」
「城の屋上に降りるぞ」
「ま、待って下さい!」
何の前触れもなく、ロベルトに指示を出して下降を始めようとするマティスを、慌てて止める。
いくらこの世界のことを何も知らない陽奈子でも、それが無茶であるというのはわかったから。
ここまで、しっかりと整備された巨大な町を持つ国だ。
陽奈子のおぼろげな記憶にも、武器を持った兵士が沢山いたし、人間だから魔法は使えないと言っても、「宮廷魔術師」などという職業があるからには、何か魔法に似た術を使う人もいるのだろう。
地球でいう、銃のような強力な飛び道具があるのかどうかまではわからないが、昨日出会った人間は火を纏わせた矢を使っていた。
直接的な魔法がなくても、人々は戦い方を知っている。
この国の人が陽奈子を召喚し、ドラゴンに変えたのかもしれない。
とはいえ、その目的までは記憶にないのでわからないし、攻撃してこないと言い切れる確信はなかった。
むしろ、このまま計画もなく突っ込んでいけば、攻撃される可能性の方が高いだろう。
何より魔族を生贄にして、人をドラゴンに変えてしまうなんて恐ろしい術を試そうとする相手と、平和的な話し合いが出来るかどうかも疑問である。
そんな危険思考の人々がいる国の中枢に、いきなり乗り込んでいくのは如何なものだろうか。
この中で、一番破壊力があるであろう陽奈子は戦い方を知らず、知っていても恐ろしくて動ける自信もない。
ドラゴンの姿をしているというのに、実質なんの戦闘力にもならないのは明白である。
となると、戦力はマティスとロベルトのたった二人。
好戦的なマティスの口調から、穏便な話し合いがされるとはとても思えない。
一国に攻め入るには、いくらなんでも無茶が過ぎる。
「向こうに見つかる前に、先制した方が良い。大丈夫、信じろ」
「え、ちょ……っ」
もし本当に、この国の人が陽奈子を召喚しドラゴンにする事で何かを企てていたのなら、逃げた陽奈子を探しているだろう。
巨大な体を隠せるなんて無理なのだから、今は高い場所を飛んでいるから見つかりにくいとはいえ、このまま付近をうろうろしていれば、姿を捕らえられるのは時間の問題だ。
冷静な話し合いが望めず、且つ油断している相手に先制攻撃が有効だというのは、戦い方を知らない陽奈子にもわかる。
けれどまず、この西の都が本当に陽奈子を召喚した場所なのかを、確認するだけのつもりだった。
確認が取れたら、一旦遠くに離れて色々と詳しく調べるのだと思っていたから、行き当たりばったりにも思えるマティスの行動に、戸惑いを隠せない。
まさか、正面突破にも似た仕掛け方をするとは思っていなかった。
ロベルトが止めてくれるかもと期待を寄せてみるが、マティスの決定には忠実なのである。
陽奈子の期待をよそに、ロベルトは指定された城の屋上を目指して、どんどん高度を下げて行く。
このまま置いていかれても、オロオロするばかりの陽奈子に何も出来ることはない事は、明白である。
不安に押し潰されそうになるけれど、もうここまで来たらマティスを信じる他なかった。
出来るだけ音を立てないようにそっと着地を試みるが、慣れない身体であり、飛行した回数もまだまだ少ない。
初めての着地の時のような、バタ足で格好悪い不安定な着地よりは、幾分かましになっているとは思うが、静かな着地に成功したかどうかはあまり自信がない。
それに何より、どんなに気を遣っていてもこの巨大な体は、自分が思っている以上に周りの環境に影響を及ぼす。
着地に際して、静かとはとても言えない音が辺りに鳴り響き、城全体が揺れる。
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