第39話 憧れの女性
「ヒナちゃん」
飛び立つロベルトに続こうと体を起こしたところで、リディに声を掛けられた。
きちんとお礼を言っていなかったと思い返し、陽奈子はぺこりと頭を下げる。
「リディさん、ありがとうございました」
「いい子ねぇ。「マティス様はアタシのものよ」って、牽制しておこうと思ったのに、すっかり気がそがれちゃった」
突然現れた陽奈子に優しくしてくれただけでなく、リディには何のメリットもないのに真剣に話を聞いてくれたばかりか、真剣に手がかりを考えてくれた。
西にいる宮廷魔術師の存在という、有力情報まで辿り着けたのは、リディの豊富な知識のおかげに他ならない。
どう考えても、リディには感謝しかなかった。
お礼の気持ちしかなかったから、その通りに挨拶をしただけで、特別な事はしていない。
だが、リディにはそれが意外だった様だ。
艶やかに笑うその姿は、男だとか女だとか関係ない位の美しさで、つい見惚れてしまう。
「牽制なんて、必要ないですよ。マティスさんとリディさん、すごくお似合いだし……」
「嬉しいこと言ってくれるわね。でも、いいの。マティス様がアタシの事をそういう意味で見ていないのは、ちゃぁんとわかってるわ。もし、ヒナちゃんが本気でマティス様を好きなのなら、応援してあげる」
「え?」
「あら、まだ無自覚かしら? それならやっぱり、ライバル宣言にしておこうかしらね」
表情にも言葉にも出していなかったはずなのに、簡単に心の内を言い当てられた。
ただそれよりも、応援してくれるという言葉の方が予想外で、きょとんとしてしまった陽奈子を見たリディはくすりと笑って、そっと頬を撫でてくれた。
揶揄うようにライバル宣言なんて言ったくせに、リディの手はやっぱりすごく優しくて、なんだか安心する。
「リディさんが、お姉さんだったら良かったのに」
ぽつりと本音がこぼれ落ちてしまったのは、リディが家族のように話しやすい雰囲気をまとっているからだろうか。
何もかも包んでくれそうな温かさが、性別の垣根を越えた先にあって、過ごした時間も交わした言葉も少ないにも関わらず、甘えさせてくれる姉の様に感じていた。
「元の姿を取り戻せたら、また遊びにいらっしゃい。一緒にお洋服でも買いに行きましょ」
「…………はい」
「マティス様に、可愛いって言ってもらった方が勝ちね」
その約束を果たすのは、きっとすごく難しい。
この世界に来た手がかりがあっても、ドラゴンから元の姿に戻れるかどうかも、元の世界に戻れるかどうかも、今の時点では確証が何一つない。
それでも、そんな日が来る未来が決まっているとでもいうように、言葉を重ねてくれたリディさんの優しさに、今は縋っておこうと思う。
「ま、負けません」
「えぇ、その調子。マティス様がついているんですもの、きっと大丈夫。幸運を祈ってるわ」
「リディさんも、お元気で」
「またね」
「はい、また」
ふわりと体を浮かせた後まで、手を振ってくれている眼下に見えるリディさんは、とても綺麗だ。
世界のために、閉じられたこの場所でたった一人、結界を守っている人にはとても見えない。
自分を犠牲者だとは思わない強さと、世界を守っているという自負と自信に満ちあふれた、自由に生きる強い女性の姿がそこにはあった。
(やっぱり、格好良い。敵いそうにないなぁ)
いつか憂いがなくなったら、リディと一緒に笑いながらお買い物して、どうやったらあんな風に綺麗になれるのか教えて欲しい。
たまにはマティスを囲んで、ロベルトとリディと三人で喧嘩するのも楽しそうだ。
絶望ばかりだった未来に、光が差したこの感覚は大事にしたいと、そう思った。
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