第37話 喧嘩と信頼
「よし、行ってみるか!」
軽いノリで提案するマティスの言葉に、顔を上げる。
その隣には「言うと思いました」と、諦めに似た悟りを開いているロベルトがいた。
目的はわからないけれど、別の世界から人を一方的に召喚した上に、更に世界を滅ぼすというドラゴンに変えてしまうなんて、どう考えても普通じゃない。
そんな恐ろしいことをする相手なのに、マティスの態度は最初からずっと変わらず気軽さの中に自信に溢れていて、そんな場合ではないのに何だか安心してしまう。
「ヒナにとっては、恐ろしい場所かもしれません。ここで、リディと留守番をしておきますか?」
陽奈子が目覚めた場所に戻る事は、ドラゴンに変えられた場所に戻る事と同意だ。
辛いことだと慮ってくれたのだろう。ロベルトの提案は、とても優しかった。
だが、マティスやロベルトに全てを任せて、ただ待っているのは違う気がした。
二人には本来関係ないはずの危険な場所に、陽奈子の為に行こうとしてくれているのがわかるから。
それに、もし元の世界に戻れるとしたら、それは呼び出された場所からというのが定番である。
怖くても、行くべきだと思った。
「私も連れて行って下さい。足手まといかも、しれませんけど」
「大丈夫、ヒナは俺が守る」
「ありがとうございます」
自分の身体よりも、何倍も大きく丈夫なドラゴンである陽奈子を、迷いなく「守る」と言ってくれる。
どう見てもちぐはぐなはずなのに、何故かマティスの言葉は、素直に信じられた。
まだ会って日も浅い人に、全幅の信頼を置けるなんて自分でも不思議だけれど、例えマティスが何者だとしても大丈夫だと、直感が告げている。
マティスは最初からずっと、陽奈子をか弱い女の子として扱ってくれていた。
王子様に守られるお姫様には程遠い姿だけれど、好きな相手を信じる心だけは、どんなお姫様にも負けない位に持っていたい。
「アタシはここから離れないから、一緒には行けないけど……」
「必要ない」
「あんたにマティス様を任せる事を、アタシはまだ承知してないから」
「ここに来て、喧嘩を再発させるのはやめろよ?」
ロベルトとリディの間に、もう幾度目かしれない険悪なムードが流れ始めたところで、すかさずマティスがストップをかける。
すると、リディが消化不良気味の大きなため息と共に、先ほどの杖と同じように、どこからともなく出現させた一冊の本を、ロベルトに投げつけた。
「ロベルト!」
「何だ?」
咄嗟に受け取ったロベルトが、受け取った本の表紙を確認して、ハッとする。
リディはどこから物を出しているのかだとか、表紙だけで何かを察した様子のロベルトが持つ知識の深さだとか、色々と関心は尽きないけれど、今は邪魔してはいけない雰囲気だ。
「持って行きなさい。人間の呪術式を解読する呪文が書いてあるから、ヒナちゃんの言ってた模様を見つけたら、発動して」
「……わかった」
頷いたロベルトの表情は真剣で、リディがロベルトの能力を信じてその本を託したのだと、陽奈子にもわかった。
ピリリとした空気感の二人を、固唾をのんで見つめていたら、マティスがこっそり陽奈子の傍で耳打ちをする。
「なんだかんだ言って、信頼し合ってるんだ」
「そうみたいですね」
嬉しそうなマティスの表情に、陽奈子の顔も自然と緩む。
間に挟まれて苦労しているはずのマティスが、そういう感想を抱く位には、喧嘩するのと同じくらいの熱度で、二人は信頼し合っているのだろう。
(喧嘩するほど仲が良いっていうのは、あぁいう事なのかな?)
「大体あんたが鳥人族じゃなかったら、面倒な魔導書なんて必要ないのよ。簡単な呪文くらい、ちゃんと覚えなさいよね」
「うるさい。お前は、もう少し配慮というものを覚えた方が良い」
「何言ってるの。アタシ程、配慮ある女はいないでしょう?」
「お前は男だろうが!」
ただ、ほんわかとした気持ちになりかけていた陽奈子の前で、舌の根も乾かぬうちにもう次の喧嘩が勃発している。
喧嘩腰なのが、この二人のデフォルトなのかもしれない。
「……褒めようとしたら、これだもんなぁ」
「え? えぇ?」
ぽんぽんと重ねられる言葉の応酬が繰り広げられ、「呆れた」といわんばかりのマティスが、大きくため息をついている。
だが、それよりも突然告発に頭が上手く働かない。
あんなに強力な魔法を使っていたロベルトが、「呪文を覚えていない」という事実もだけれど、リディが「男」だというのは一体どういう事なのか。
マティスの袖をこそっと引いて、詳しく説明を求めたくてたまらないが、ドラゴンの体ではそれもままならない。
(でも、どうしても気になる! 流せないでしょ、これは)
耐えきれず、内緒話をしたいと示す様にマティスに少しだけ顔を寄せてみる。
すると、陽奈子の混乱と疑問に気づいてくれたらしく、マティスが再び耳打ちを続けてくれた。
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