第30話 経緯説明の時間

「随分良い子みたいねぇ。話を聞かせて?」

「助かる」

「神殿の中だと、ヒナちゃんが入りきらないかもしれないから、このままここで聞くわ」


 リディがそう言うと同時に、パチンと綺麗で長い指を鳴らす。

 すると三人分の椅子と、お茶とお菓子の乗ったテーブル、そして陽奈子用だとわかる柔らかそうな絨毯が、突如広場に現れた。


(本当に、凄い魔法使いなんだ……)


 関心している陽奈子を余所に、当然の出来事のように三人はそれぞれ椅子に座る。

 何もない空間から物体を呼び出すなんて、絶対に高度な技術であるはずなのに、どうやらリディの魔法は、マティスとロベルトにとっては見慣れたものらしい。


 ロベルトの椅子だけ、座り心地の悪いものがわざと用意されていたのか、またロベルトとリディの間に喧嘩が勃発しそうになっているのを止めながら、マティスが陽奈子に視線をくれた。


「ヒナ、岩場は冷たいだろ。乗ると良い」

「えぇ、遠慮しないで。ヒナちゃんには、意地悪しないから。ふかふかよ」

「私にも、その配慮が欲しいものですね」

「なんであんたに、配慮なんてしなくちゃいけないのよ」

「だから、いい加減にしろって」


 すぐに何度でも再開されてしまう争いを止めるのが、段々面倒になり始めているマティスの困り顔が珍しい。

 くすりと笑いながら、用意してくれた絨毯にそっと足を踏み入れた。


 言葉通り絨毯は確かにふかふかで、リディがドラゴンである陽奈子を、客人としてもてなしてくれているという暖かさを感じる。


「ありがとうございます」

「いいのよ。楽にしてね」


 素直な感謝の言葉が意外だったのか、嬉しそうなリディの笑顔は、マティスに見せていた妖艶な女性の顔とはまた違っていて、すごく優しいお姉さんみたいだ。

 相変わらず陽奈子自身は、自分の声を咆吼の様にしか思えていないのだけれど、マティスやロベルトだけではなくリディも、陽奈子の言葉を言葉としてちゃんと受け取ってくれている様だ。


 力のある人というのは、本質を見抜く能力が高い人の事を言うのかもしれない。

 何にせよ、どうやら陽奈子はリディの敵ではないかという疑惑から完全に外して貰えた様で、ほっとする。


「じゃあ悪いけどヒナ、もう一度最初から話してもらえるかな?」

「はい」


 マティスに促されて、陽奈子は再びこの世界に放り出された昨日から今日にかけての出来事を、語り始めた。

 マティス達に話した事と大差はないのだけれど、リディが何か陽奈子が元の世界へ戻るためのヒントを持っている事を、必死に祈りながら出来るだけ細部まで丁寧に思い起こしていく。


「うーん。昨日は特に、結界におかしな様子はなかったんだけどねぇ」

「警備をサボっていたんじゃないのか?」

「わたしを誰だと思ってるの? 鳥頭のあんたとは違うのよ」

「ほう、やる気か?」

「望むところよ」

「いいから! 話を進めろって」


 首を傾げるリディを疑うロベルトに対して、受けて立つと言わんばかりに、リディがガタンと椅子から立ち上がる。

 ロベルトとリディの間に座っていたマティスが、両手でそれぞれの腕を引っ張って座らせているものの、もう疲労困憊の様子である。

 陽奈子の話を聞いてくれている途中にも、何度も脱線しそうになるたびに、二人に挟まれた状態で真ん中に座っているマティスが諫めるという状態がパターン化していたから、当然だろう。


 さすがに最初は、二人の仲の悪さというか、常に喧嘩腰のやり取りに驚くばかりだった陽奈子でさえ、「二人とも、もう少し冷静になったらいいのに」と思ってしまった位だ。

 いつも間に立たされているマティスの心境は、如何ばかりか。

 そろそろ「勝手にやれ」と、投げ出してしまっても可笑しくない予感がする。


 多分だけれどマティスは今回、陽奈子のために随分我慢してくれているんじゃないだろうか。

 普段なら、とっくに二人の喧嘩を止める役目を、放棄している頃合いだろう。


 逆に、ここまで気軽に始まると、喧嘩をする事で二人の関係は良好に保たれている気さえしてきた。

 元々は、マティスを取り合っての事だったのだろうが、今はお互いが空気を吸うように応酬している。

 どちらも自分の主張を曲げない、単なる子供の喧嘩に見えなくもない。

 だからこそ、始まった喧嘩を止められるのは、原因となるマティスだけなのだろう。


 リディは世界を守っているという魔法使いだというし、ロベルトの強さは陽奈子自身で経験済みだ。

 この二人が本気で戦闘でも始めようものなら、決着は簡単にはつかないに違いない。

 一時的に勝敗が決まっても、二人の雰囲気からして根が浅いのか深いのか微妙なこの喧嘩が、一度きりで終わるとも考えられなかった。


 誰かが止めなければ、本気で世界が壊れるまで戦いそうな、恐怖感さえある。

 間に挟まれるマティスは辟易しているだろうが、大きな喧嘩に発展する前に、燻る火種を少しずつ昇華してくれるこの状態が、一番均衡状態を保つ良い状態なのだろう。

 ただ、陽奈子の為にマティスが我慢してくれているのが伝わってくるので、なんだか申し訳ない。

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