第31話 守護結界の異変

「リディさんは、この世界を守護する結界を管理する凄い魔法使いだと聞いたんですけど……その結界に、何か異変はなかったんでしょうか」


 せめて何か陽奈子に出来る事はないかと考えた末、話を元に戻してもらえる様に話題を振ってみる。

 コテンと首を傾げるながらリディを見ると、陽奈子が不安そうにしていると思ったのか、リディが再び頭を撫でてくれた。

 その手はとても優しくて、つい先ほどまで据わった目でロベルトに対峙していた様にはとても見えない。


(本当に、リディさんに敵認識されなくて良かった……)


 リディがマティスに向けるのは、甘い魅惑の顔ばかりだ。逆にロベルトに対しては、微笑む事すらない。

 リディは感情の激しさが、そのまま顔に出るタイプなのかもしれなかった。

 とすると、こうして陽奈子に優しく接してしてくれているのは、本心だと考えることも出来る。


(絶対に、怒らせないようにしなくっちゃ!)


 そんな決意を知ってか知らずか、不安を抱いている陽奈子を安心させようと、リディは微笑んだまま陽奈子の目をじっと見ていた。

 リディに笑顔を返そうとして、この姿では上手く笑えない事を思い出す。

 何とか表情を作ろうとするのだが、硬い皮膚を感じてしまって余計に強張ってしまうのだ。


 ただ、自分では表情筋が動いているようにはとても思えないのだが、陽奈子から自然と漏れ出す感情はどうやら伝わっているらしい。

 リディが応える様に、小さく頷いてくれた。


 そしてそのまま、空を見上げるリディに釣られるように、陽奈子も上空に視線を移す。

 そこには、飛んでいた時よりも少し遠くに感じる柔らかな日差しと、雲しかない。

 ただ、その何の変哲もない空に、リディは違うものを見ているようだ。

 真剣な表情で、じっと一点を見つめた後、リディは小さく首を横に振った。


「やっぱり、結界が外から壊された形跡はないわ。ヒナちゃんがドラゴンとして別の世界から呼ばれたのなら、結界内に侵入者の違和感を探知するはずなんだけど……それも感じなかったのよねぇ」

「だが俺は、昨日までは確かにドラゴンの気配を感じなかった。突然現れたって事に、間違いはないと思うが……」

「ヒナの話は突拍子もないですけど、嘘を付いているようには思えません」

「そうよね。何よりドラゴンが自然発生するなんて、ありえないわ」


 「うーん」という擬音が聞こえそうな勢いで、三人は意見を交換している。

 陽奈子にとっての非常識な状況は、どうやらこの世界にとっても非常識な状況であるようだ。


「もしかして……この世界に、私以外のドラゴンは存在しないんですか?」


 ドラゴンは人間とも魔族とも違う種族で、世界を滅ぼす存在である。

 そう聞いてはいたけれど、それ以上の情報は何ももらっていない。

 「世界を滅ぼす」という大層な肩書きが付いている時点で、そう何匹もいてもらっては困るのはわかる。


 けれど、数十匹程度は存在していて、普段は大人しいとか、眠りについている時間が長いとか、そういうものだと思っていた。

 皆がドラゴンに敵意を向けているにも関わらず、今現在この世界がドラゴンの脅威に見舞われているというような緊迫感は、なかったからだ。

 いくら強い種族だとしても、あまりにも数が少なければ、主の存続自体が難しいのではないだろうか。


 だが、三人の口ぶりから推測すると、陽奈子以外のドラゴンは存在しないかのような口ぶりである。

 ロベルトが「ドラゴンについては、詳しく説明していませんでしたね」と言いながら、こちらに顔を向けて神妙に頷いた。

 まさかとは思いながら問いかけたその答えが、正解だったとは予想外だ。

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