第29話 敵か味方か
「お前ら、早速喧嘩すんなって」
「ごめんなさい、マティス様」
「申し訳ございません」
呆れた様にマティスが声をかけると、険悪だった二人は即座に頭を下げた。
けれど、それはマティスの手を煩わせた事に対しての謝罪であり、お互いに相手に謝る気はさらさらない事が、会ったばかりの陽奈子にさえわかってしまう。
ただ、それぞれが抱くマティスへの絶大な信頼感と好意は、同じくらいの大きさに見受けられた。
(マティスさんを巡って、水と油のような関係なのかな?)
好意が成就するかどうかという点においては、女性であるリディに多少分があるような気もするけれど、常に傍で支えているのはロベルトである。
信頼感という部分においては、ロベルトに有利そうだ。
挨拶もそこそこに嫌そうな顔と声を出し、不快感を表したのはロベルトだが、口火を切ったのはリディだったので、先に喧嘩をふっかけるタイプなのはリディの方なのかもしれない。
黙っていても、その美貌で誰にでも勝てそうな気もするが、確かにロベルトも負けず劣らず顔が良いので、余計にマティスを囲んでマウントの取り合いになるのだろうか。
(私がリディさんみたいな素敵な女性だったら、自信に満ちた日々を過ごせるような気がするのになぁ)
そう考えると、リディには余裕がないのではなく、単に喧嘩っ早い性格という可能性も十分考えられた。
逆に言うと、ロベルトとリディは気兼ねなく喧嘩できるくらい仲が良いと見ることも出来る。
仲が良いのか悪いのかは、紙一重なのかもしれない。
「で? そちらのお嬢ちゃんはどなた?」
「え?」
突然話を振られて、戸惑う。
興味深そうに陽奈子を見つめるリディから発せられた言葉を辿れば、陽奈子が女の子だと理解している様に思われた。
何もかもを見透かされるような感覚に、思わず一歩後ずさってしまう。
マティスもそうだったけれど、どうしてこんなごつくて巨大なドラゴン姿をしているのに、陽奈子の性別がわかるのだろう。
しかも、陽奈子がまだ大人の女性ではないというところまで、正しく判断されているらしい。
どんな姿をしている相手でも、その本質を見抜く能力でも備わっているのだろうか。
ただロベルトの様に、初対面からいきなり攻撃を仕掛けて来るような、好戦的なものではなかったのは、有り難い。
マティスやロベルトに案内されながら降りてきたところを、見られていて安全だと判断されたのかもしれないが、陽奈子自身がこの姿を受け入れられていないというのに、普通に人間の少女相手の様に接されると、逆に戸惑ってしまう。
陽奈子が、リディを怖がっていると思ったのだろう。マティスが大丈夫だと言うように、そっと腕をさすってくれた。
けれどそのせいで、リディの視線が一段階冷たさを帯びて恐怖が倍増し、びくりと身体が小さく跳ねる。
「彼女は、ヒナだ。実は今日ここに来たのは、この子の事でお前に力を貸して欲しくてさ」
「あらぁ? マティス様がわたしを頼ってくれるなんて、珍しいわね」
値踏みするような冷たい瞳から一転、「マティスに頼りにされて嬉しい」という、わかりやすい喜びに切り替わったリディの表情を見て、マティスの無作為に振りまかれる王子様スキルに感心する。
天然なのか狙っているのかはわからないが、キラキラした顔で相手を見定める、優しさと対応力はずるい。
「高村陽奈子です。ヒナ、と呼んで下さい」
せっかく、マティスが作ってくれた好機である。
ここで、リディに敵認定されてしまう訳にはいかなかった。
マティスの王子様っぷりに感心しながらも、リディに向かって「よろしくお願いします!」と、ぺこりと頭を下げる。
陽奈子はロベルトと違って、マティスを巡ってリディと対等に戦える武器なんて、何一つ持っていない。
しかもこれから助けてもらわなければならないという事を思うと、リディと争う意思がないことを示しておくのが何より大事なのである。
重たい首を地面に触れるほど下げ続けていると、頬の辺りにそっとリディの手が添えられた。
近くに寄ると大人の良い香りがして、「この世界にも香水があるのかな?」など暢気な感想を抱く。
そんな陽奈子の思考が伝わったのか、リディはふわりと陽奈子に微笑んだ。
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