第26話 変身した姿

「ヒナ、この位の速さで大丈夫か?」

「は、はい」


 先ほどまで人の形をしていたはずのロベルトが、マティスを背に乗せて飛んでいる鳥に変身したという事実に、まだ思考が追いついていない。

 混乱する陽奈子に、前方からマティスの問いかけが飛んでくる。

 マティスの声にハッとして、少しだけスピードを上げて、隣に並んだ。


 陽奈子が空を飛んだのは昨日が初めてだったし、何がなんだかわからないまま一日が過ぎてしまった。

 本当に自分の意思で空を飛べるのか、そして上手く思い通りに羽ばたけるのか、わからないままだったので多少の不安もあったけれど、このドラゴンの体は、自分が思っている以上に高スペックではあるようだ。


 さすがに、「世界を滅ぼす」と言われているだけの存在である、というべきだろうか。

 陽奈子自身の体育の成績は、ものすごく頑張っても、中の下。

 運動神経は、贔屓目に言っても悪い方だと、自負している。


 だから、陽奈子が今難なく動けているのは、認めたくはないけれど、確実にこの姿になったおかげだろう。

 昨日の疲労感を考えれば、今までの経験上、本来なら今日一日は、鉛のように身体が重たいはずであり、こんなにも身体が動いてくれるはずがない。


 それなのにたった一晩、しかもふわふわだったとはいえ床の上で眠っただけで、体力は回復していた。

 むしろ、巨大で重たいはずの姿であるにも関わらず、いつもよりずっと体が軽く感じる。

 だからといって、この姿で良かったとは全然思わないけれど。


 それでも、体力があるからこそマティスやロベルトの足手まといにならないでいられるという事実は、純粋に良かったと感じていた。

 陽奈子のために動こうとしてくれている二人を前に、「疲れすぎて動けない」などという状態に陥ってしまったら、情けなさ過ぎる。


「魔族の存在自体を知らないって事は、ロベルトの「コレ」、結構びっくりしただろ?」


 ロベルトの首筋を撫でながら笑う、マティスの悪戯っ子みたいな笑顔を見て、陽奈子を驚かせる為にわざと説明もなく、いきなりロベルトを変身させたのだと気づく。

 マティスの思惑通りに、まんまとびっくりしてしまったのだけれど、きっと先に懇切丁寧に説明されていたとしても理解できなかった様な気もする。


 何より、陽奈子を驚かせる事で、緊張を和らげてくれたのかもしれない。

 実際、陽奈子は驚きと戸惑いの感情を抱えたまま、置いて行かれないように慌てて飛び立ったからこそ、どうすれば飛べるのかなんて難しく頭で考える前に、身体を浮かせる事が出来たのだ。


「ロベルトさん、なんですよね……?」

「ロベルトは、鳥人族なんだ。魔族の人型と動物型の、ミックスってやつ」


 地球にも、沢山混血の人はいる。だからこの世界にも存在していて、何もおかしいことはないはずだ。

 けれど、魔族という存在を飲み込むことで、頭が満杯状態にある陽奈子の思考では、さらにその中で細分化される可能性まで、思い至らなかった。

 人間と動物の間に子供が生まれるなんて常識は、陽奈子の中にはなかったから。


(こっちでは、普通なのかな?)


 陽奈子は、ゲームやアニメに接する機会も多かったので、ファンタジーの世界については、人よりも詳しい方だと思っていた。

 けれど、読んだり想像したりするのと、実際に体験するのでは、まったく違う。


 「言われてみれば……」と、後からゆっくり考えれば受け入れられることでも、やはり自分の中に染みついた常識は思いの外強くて、 思考処理速度が追いつかない。

 勘の良いロベルトが、また陽奈子が考えている事を感じ取ってくれている視線を感じる。


 先ほどまでの様子であれば、この辺りで的確な情報をくれそうなものだ。

 けれど、鳥の姿をしているからなのか、ロベルトの知的な声は響いてこない。


「もしかしてその姿の時には、ロベルトさんはお話できないんですか?」

「そう! 鳥の間は、うるさい小言を聞かなくてすむから、楽なんだよな」


 そういえば、魔族でも動物型は言葉を話さないと説明を受けた。

 ロベルトの場合は、人型でいる間は言葉を操れるものの、鳥の姿に変身している間は無理だという事なのだろう。


 楽しそうに笑うマティスに対して、抗議しているかの様に、ロベルトが突然急旋回する。

 言葉は話せなくとも、しっかり理解は出来ているらしい。

 まるで、振り落としてしまおうという動きだが、マティスは驚いた様子もなくむしろ嬉しそうなので、ロベルトの無言の抗議は、どうやら上手く届いていないようだ。


「大変ですね」


 アクロバティックな飛行にもめげないマティスに対して、今はこれ以上訴える術がないのだろう。

 諦めて陽奈子の隣に戻ってきたロベルトに、苦笑しながら小さく声をかけると、「全くだ」とでも言う様に小さく頷きを返してくれた。


「俺はロベルトのこの姿、便利だし格好良いと思うんだけど……。リディは、あんまり気に入らないみたいで、二人はいっつも喧嘩腰なんだよなぁ」

「え?」

「どっちが優秀な魔法使いだとか、比べる意味なんてないと思うんだが」

「あの……?」


 不満げなロベルトを宥めるように、ぽんぽんと叩きながら呟くマティスの言葉の意味をはかりかねる。

 陽奈子がどいう事なのかと聞き返そうとした時、ロベルトがゆっくりと高度を下げ始めた。

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