第27話 灰色の神殿

「もう少しで着く。疲れていないか?」

「大丈夫です」


 ロベルトは、元々あまりリディには会いたくないといった雰囲気だったし、マティスの言葉はその理由を伝えてくれるものだった様な気がしたのだけれど、確認する前に時間切れになってしまったらしい。

 詳しい事情を聞き出す前に、話は打ち切られてしまった。


 二人は今、陽奈子の為に行動してくれている。

 それなのに、わざわざ足を止めさせてまで、どういうことなのかと聞き出すのも憚られた。


 それに、今から実際にリディに会いに行くのだ。

 聞いておけば上手く対応出来る事もあるかもしれないけれど、人間関係というのは複雑なものである。

 結局は、実際に目の当たりにしないと、わからない事も多い。


 あれこれ考えるよりも、まずは目先の上手く降りられるかどうかに意識を集中させて、下降していく先を目視する。

 そこには岩山に囲まれた、灰色の世界が広がっていた。

 人里はもちろん、草木も生えない硬い岩なのか、ほんの僅かな緑色さえも目視できない。


 リディが強い魔力を持つ魔族らしいとはいえ、こんな所に人が住めるのかと疑ってしまう程、ごつごつとして何もないその場所は、生物どころか植物さえも嫌煙するような雰囲気だ。

 まるで世界から隔離されているようで、少しぞっとする。


「ここから、右の方角に建物があるのが見えるか? 岩場の間だから、見つけにくいかもしれないが……」

「建物、ですか?」

「もう少し近づけばわかるかな? その辺りだけ不自然に、平らな場所がある。そこに降りるよ」


 マティスに示された方角に向けて、目を凝らす。

 すると、岩山の中にまるで突然そこだけ人の手が入った様にぽっかりと開けた空間と、石で出来た建物が見えた。


 ヨーロッパ辺りにある、歴史的な石造りの神殿に近い雰囲気で、知らなければ岩山と同化して見えるような、石の建造物。

 空からじゃないと、到底見つけられないだろう。


 本当に、世界全体を守護している人が住んでいるのだとしたら、確かに「それらしい」とは思う。

 けれど、この世界の常識を全部理解できてはいない陽奈子でも、この場所は神聖というよりは、何だかとても寂しい場所のように思えた。

 昨日休ませて貰った、寂れた古城とはまた別の、冷たい空気感が漂っている様な気がする。


(こんな場所に住んでるの? 食べ物や生活用品は、どうしているのかな)


 ロベルトのような、人を乗せられる位に大きい動物型の魔族などが、住み着いているのだろうか。

 もしかしたら、お世話をする人が何人か一緒に、生活しているのかもしれない。

 けれどそうだとしても、こんな岩山ばかりの場所に閉じ込められるようにして、世界を守らなければならない使命を負わせられるなんて、どれだけ大変な事だろう。


 陽奈子だったら、そんな役目に就かなければならない運命を、呪ってしまうかもしれない。

 それとも魔族という種族は、どんな環境でも快適に過ごせる力を持っているのだろうか。

 そうであれば便利だとは思うけれど、それでも寂しいという気持ちは生まれてくると思う。


 わからないことだらけのまま、ぐるぐると考えを巡らせる。

 結局この世界において、陽奈子の持つ一般常識が当てはまる事はないのだから、考えるだけ無駄な事なのかもしれない。

 けれど、次々と出現する新情報を前に、頭を空っぽにしておく事もまた、難しかった。


 元々、翼を持っていなかった陽奈子が、飛ぶという行動に慣れていないことを考慮してくれているのだろう。

 ロベルトは、ゆっくりとした速度で、陽奈子に着地の方法を教えてくれるかの如く、高度を下げていく。

 近付いてみると、目指す先にある空間は思っていたよりも大きい。

 ただ、公園のように芝生が敷き詰めてあるような、緑の柔らかい広場のような場所では決してなく、どちらかというコンクリートで押し固められたような印象だ。


 岩山と岩山の間にあることから、谷底のでこぼこが少ない岩場といった雰囲気である。

 人工的な印象を抱いたが、元々あった空間に少し手を入れたという方が、正しいだろうか。

 こんな不便な場所に、誰が何のためにどんな思惑で建物を建てようと考えたのか不思議でならないが、「よく見つけたなぁ」と感心はする。


 確かに、この岩山一帯に何かを作ろうとするならば、ここ以上の場所はきっとない。

 地球にだって、古代の人々が作ったであろう巨大な建造物が、不便そうで不思議な場所にあることはままある。


 もしかすると神聖なものほど、神格化されるものほど、人が簡単には立ち入れない場所とうのに固執するのかもしれない。

 そう考えれば、世界を守護する魔法使いがこの場所に身を潜めている事は、特段おかしな事でもないような気がしてきた。


「そこ、ちょっとゴツゴツしてるから、気をつけてな」

「ありがとうございます」


 細かくマティスに指示を貰いながら、昨日と同じようにバタ足で降り立つと、足の裏に石特有のひんやりとした感触が伝わった。

 何だが薄暗く感じて空を見上げると、空を飛んでいた間には、地球で言う太陽のような日差しが降り注いでいたはずなのに、その光がとても遠い。

 地面が冷たいのは、岩山の空気感だけではなく、日の光の届かない場所というのも重なっているからであるらしい。


 リディという人物が、この世界においてどういう立ち位置なのかはわからない。

 けれど、「世界を守護している魔法使い」というからには、巫女とか聖女とか、そういう名称が与えられているのではないかと予想していた。

 けれど、そんな神聖な人物が住んでいるにしては、この場所は暗すぎる。


 光を集結させたような明るい神殿で、すらりとした美人の女性達にお世話されながら一心に祈る清楚な女性の姿を勝手に描いていたけれど、陽奈子の想像とはどうやら全く違うらしい。

 もしかしたら、おとぎ話に出てくるような、「イヒヒ」と一見悪者じみた笑い方をするお婆さん魔法使いが、独りぼっちで熱心に世界の平和を祈っているパターンかもしれない。


 どちらにしても、世界を守護する存在とは真反対にいるドラゴンである陽奈子は、あまり歓迎される気がしなかった。

 一体どんな顔をして、頼み事をしたら良いのだろうかと、不安にもなる。


 ここに居る人物について様々な想像を巡らせていると、降り立った先にある石造りの神殿の中から、何者かが出てくる影が見えた。

 リディ自身かもしれないし、一緒に暮らしている世話役のような人が、騒がしくなった外の様子を見に来たのかもしれない。


 この世界の文明を見る限り、流石にスマホのような通信機器は存在しないだろう。

 手紙は出せるとしても、車や飛行機、電車のような乗り物は一切見かけなかった。

 きっと手段は伝書鳩の様な生き物に託すか、馬などに乗った人の手で運んでいるのだと想像する。


 となると、もし出発前に「今から行くよ」と何かしらの方法で連絡していたとしても、陽奈子たちが飛んできたスピードの方が早いはずである。

 つまり、この神殿に住む人にとって、陽奈子達は突然の来訪者に違いなかった。

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