第24話 世界を守護する魔法使い
「じゃあ手始めに、リディの所にでも行ってみるか」
「リディ……さん?」
突然出てきた名称に、戸惑う。
女性の名前だというのはわかったけれど、それ以上の情報がなくて、疑問系がそのまま言葉に乗った。
「世界を守護する結界を張っている、魔法使いですよ」
陽奈子の疑問に呼応して、ロベルトが答えをくれる。
だがその説明は、益々疑問を生んだだけだった。
「世界を、守護する……?」
「世界」という括りに、少なからず驚く。
国とか地域とか、そういう範囲ではなくて、世界そのものを守っているという意味にしか聞こえない。
となると、そのリディという人は凄く大きな力を持っているのだろうか。
「魔法使い」というからには、魔族なのだろう。
だが、いくら強い魔力を持っているからといって、たった一人で世界全体を守っているなんて、とても想像がつかない。
この世界は広くないとは言っていたけれど、それでも人一人が守れる範囲なんて、たかがしれている。
実際、昨日陽奈子は空を飛び回る羽目になっていたが、世界の果ての様な場所には辿り着かなかったし、同じ場所をぐるぐると回っていた気配も感じなかった。
つまり、ドラゴンが一日中飛んでも回りきれない位の大きさはあるという事だ。
神に身を捧げた聖女や巫女だったり、特別な力を持っていて魔王に狙われるお姫様だったり、ファンタジー世界において重要な役割を担う、狙われがちな力を持つ女性の話は沢山ある。
けれど、一人で世界全体を守っているなんて、それはもう世界の創造主たる神の次元だ。
マティスやロベルトは、そんな神にも近しい人と、気軽に会える様な立場なのだろうか。
この世界のパワーバランスを掴みかねていると、混乱と不安を抱える陽奈子の心中を察したかのように、ロベルトがそっと声をかけてくれた。
「安心してください。常識外れなのは、マティス様やリディだけですから。貴方のその感覚は、普通ですよ」
陽奈子が抱いた疑問を口にする前に、タイミング良く答えをくれるロベルトの察知能力も、かなりのものだ。
そんなロベルトが、マティスやリディを常識外れだと断ずるのは違和感があるけれど、今のところ助かっているので甘受しておく。
「あいつと俺を、同じカテゴリにまとめるな。俺の方が、圧倒的に普通だろ?」
「いえ、良い勝負です」
きっぱりと否定するロベルトの脇腹を小突くことで、マティスは抗議を示しているが、そんなマティスの手を、ロベルトは涼しい顔で叩き落としていた。
この二人の主従関係は、絶対服従とは少し違うのかもしれない。
よくよく観察していると、基本的にマティスの言うことをロベルトが否定する事はない。
けれど、意外と突っ込みが激しいし、対応も辛辣だ。
(なんだか仲の良い兄弟みたいで、微笑ましいな)
陽奈子がくすりと笑みを漏らすと、マティスの表情がぱっと輝く。
そして傍に寄ってきて、陽奈子を見上げて視線を合わせる。
「やっと笑ったな。ヒナは、笑ってた方が可愛いよ」
ドラゴンの姿をしている陽奈子が、可愛いわけがないのに、僅かな表情の変化を察知して、さらりと褒める王子様スキルの高さに、照れるよりもむしろ感心した。
出てくる言葉はごく自然で、作り物じゃないのがわかるから、言われ慣れていない褒め言葉に戸惑うばかりだけれど、救われもする。
今の陽奈子の姿がどんなに凶悪なものなのかを、忘れてしまう事は出来ない。
それでも、普通の女の子に接するのと同じ対応をしてくれるだけで、全く気持ちは違ってくる。
早く元の世界に戻りたい。
どこからも敵意を向けられる事も、命の危険もない場所で、普通の女子高生として過ごして行きたい。
柔らかいベッドで惰眠を貪りたいし、友達と馬鹿話で盛り上がって大声で笑い合いたい。
そんな願いや希望が完全に消えた訳ではないけれど、普通に接して貰うだけで、焦りが少しだけ緩和され、心にほんの少しだけ余裕が生まれた。
この世界で目覚めてからずっと、何もかもがいっぱいいっぱいだった陽奈子にとって、この変化はどれだけ凄い進歩だろう。
ほんの少し冷静になるだけで、見えてくるものがきっとある。
心に生まれた余裕は、元の世界に戻る為の、大切な第一歩になる様な気がした。
(マティスさんについて行けば、きっと大丈夫)
そう思わせてくれる力が、マティスの言葉と自信に満ちあふれた笑顔に込められてる。
暗闇から抜け出せなかった気持ちを、出会って半日も経たない内に前に進めてくれたマティスは、やっぱり凄い人だ。
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