第23話 世界を滅ぼす存在

「古代から、ドラゴンは世界を滅ぼす存在であると、伝えられています」


 淡々と陽奈子の疑問に答えるロベルトの言葉が、遠くに聞こえる。

 まるで、その意味を理解したくない陽奈子の感情が、言葉として飲み込むのを拒否しているかのように。


「大丈夫だ、ヒナ。俺はヒナが世界を滅ぼすなんて、全く思わない」


 マティスの力強い否定は、とても嬉しかった。

 けれど、そういう考えを持つ人に出会えたのは奇跡でしかなく、この世界の常識ではそうではないのだろう。


 常識は、そう簡単には覆らないし、変わらない。

 マティスに「はい」と小さく答えるのが精一杯だ。

 そっとロベルトに視線を移すと、そんな陽奈子の考えを肯定する様に、痛ましいものを見る目で陽奈子を見つめていた。


「マティス様はこうおっしゃいますが、この世界の常識で考えれば、貴方の存在はあまり歓迎されたものではありません」

「そう、ですよね。でも、本当に私はこの世界を滅ぼすつもりなんて全然なくて、ただ家に帰りたい……だけで」


 言葉が、喉に詰まって嗚咽に変わる。

 この世界に来たのも、この姿になったのも、何もかも陽奈子自身が望んだことじゃない。


 ファンタジーの世界に、大冒険の物語に、飛び込んでみたいという憧れがなかったといえば、嘘になる。

 物語やゲームは大好きだし、異世界転生ものやトリップものは特に大好物だ。


 けれどそれは、主人公になって仲間に出会ったり人々と交流したりして、色々な事件に巻き込まれたりしながらも、目的とするエンディングに到達する為の冒険ができる世界であって、異世界に飛ばされた理由も目的もわからないまま、ただ世界の脅威として存在するドラゴンになってしまう事などでは、決してなかった。


 昨日は、ドラゴンになんてなる位ならいっそのこと「お前は魔王だ!」とか言われて、悪側に歓迎される方がましだと思った。

 けれど陽奈子の今の状況は、その台詞を言ってくれる悪者の仲間さえいない、ひとりぼっちの世界の敵という立場にあるという。


 陽奈子自身の元の姿が影も形もないだけでなく、自分でも恐ろしいと感じる巨大な身体を抱え、たった一人で全世界から敵意を向けられるというこの状況を、楽しめるはずなんてなかった。


「俺も一緒に、ヒナが元の世界に戻る方法を探すよ」


 凶悪で大きな瞳から溢れて零れそうになるっている涙を、マティスがそっと掬ってくれる。

 潤んだ瞳で見つめると、自信に満ちた笑顔が返ってきた。

 その優しい表情に嘘はなく、陽奈子の居た世界の事なんて何も知らないはずなのに、本当なら説明した事の半分も信じられるはずもないのに、マティスは助けてくれるような気がしてくる。


「本当、に……?」

「あぁ。可愛い女の子を、泣かせたままにしておくわけには、いかないしな」

「貴方は、またそんな安請け合いを……」

「俺に出来ない事が、あると思うのか?」

「ありませんけど」


 縋るような陽奈子の言葉に力強く頷いたマティスに、呆れたようなロベルトの言葉が重なる。

 それをも簡単に切り返して、マティスは余裕の表情で笑ったままだ。


 「言い出したら聞かないのだから、もう仕方がない」とでも言いたげなロベルトが、諦めたように首を振る姿を、陽奈子は呆然と見つめていた。


(マティスさんなら本当に……本当に、なんとかしてくれるかもしれない)


 そう思わせてくれるだけの何かを、マティスは持っている。

 大丈夫だと信じさせてくれる、不思議な力があった。

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