第21話 異世界の常識

「つまり……ヒナは、この世界の住人じゃない?」

「しかも、元々はドラゴンでもない、と」

「はい。私も、何がなんだかわからなくて……」


 訳がわからないなりに、必死に記憶を追いながら、昨日から陽奈子の身に起こった出来事を話し終える。

 要領を得ない所や元の世界の事など、マティスやロベルトには理解できない部分も多々あっただろう。

 けれど、二人は最後まで口を挟むことなく、陽奈子の話を聞いてくれた。


 二人そろって首を傾げながらも、話を飲み込んでくれたらしい。

 開口一番、「嘘だ」と否定しない二人の優しさに気づけるくらいには、陽奈子も落ち着いてきている。

 やはり誰かと話して、状況を共有出来るというのは、それだけで心が落ち着くのだと実感した。


 他愛ない学校での友達との会話や、何を話すわけでもなくただ毎日一緒にいる家族との時間が、どんなに貴重で大切なものだったのか。

 この世界に来なければ、陽奈子は一生気づかなかったかもしれない。


「俄には信じられませんが、貴方の覚束ない行動を見れば、全部が全部嘘とも言い切れませんね」

「だよな。こんな不安そうな状態のドラゴン、今まで見た事がない」

「確かに、それが一番納得できる理由かもしれません」


 項垂れた状態の陽奈子の首元を、ぽんぽんと安心させるように優しく撫でながらマティスが笑う。

 陽奈子の不安を取り除くと共に、「信じているから心配するな」と、暗に言ってくれている様だった。


「んじゃ、異世界から来たヒナには、この世界の情報が必要だな?」

「教えて貰えると嬉しいです」


 頷いた陽奈子にマティスが承諾し、小さい子でも知っているというこの世界の常識を、丁寧に教えてくれた。

 勿論、陽奈子にとっては、知らない事だらけである。

 一々驚いたり、感心したりするその反応も、陽奈子が本当に違う世界からやって来たのだという事を信じてもらえた、一つの要因になったように思う。


 曰く、この世界には人間と動物と魔族が存在していて、ドラゴンはそのどれにも属さない存在である。

 その仲でも人間と動物に関しては、地球の常識と近いものではあるらしい。


 人間に特化した特徴で言えば、肌の色の違いや生活環境の違いによる身体的や習慣的な相違はあるが、言語については統一されているという。

 世界中の誰もが、共通の言葉で話すというのは結構凄い事だと感じたけれど、世界自体が広くないからだと、当然の顔をしてロベルトが補足していた。


(この世界って、どの位の広さなんだろ。ロベルトさんの説明の様子だと、地球より大きいって感じはしないけど……)


 そもそも、陽奈子は地球一週分の距離がどのくらいなのかという事を覚えていないし、例え知っていたとしても実際の距離感ともなると余計にわからない。

 広さを数値で説明された所で、陽奈子には差が理解出来そうにもなかった。

 昨日、不本意ながらこの世界を長時間飛び回る羽目になった陽奈子からすれば、十分広いような気がしていたので、「広くない」と言われてしまうと、その感覚差だけでも驚くべき事である。


 動物に関しては説明を聞く限り、ほとんど地球と変わらないと感じた。

 大型の動物から小さな虫まで、種類を把握するには困難な程の数が存在するけれど、人間と通じ合える言語を持っている動物はいないという。


 話せなくてもある程度理解できる賢い動物はいるし、同じ種族間でならばコミュニケーションを取るための鳴き声や行動を持っているとの事なので、その辺りも似ていると考えて良いだろう。

 人間と生活を共にする、例えば地球で言う「ペット」になるような犬猫のような存在もいるらしいし、馬やらくだの様に、人間が歩くには困難な場所を移動する手段として活用されている動物もいるらしい。


 共存する動物がいる一方で、山や海それに今陽奈子達がいる空に浮かんだ島等、人里離れた場所にしか生息していない動物もいる。

 生活環境が違うから種類は全く違うのだろうけれど、大きく動物という括りで言えば、地球と大差ない様に思う。


 生き物関係で言えば、やはり一番の違いは魔族という種族の存在だろう。

 魔族の中にも、更に種族があるらしいが、大まかに分けると人型に近い種族と、動物型に近い種族に別れるのだという。


 陽奈子がキメラだと思ったあの鳥と蛇が合体したような生き物は、動物型の魔族だったのかもしれない。

 人型に近い種族の方が上位で、人型と動物型両方の言語を理解する。

 人型と動物型の間には、超えられない壁がそびえ立ち、魔力に大きな差があるのだそうだ。


 ちなみに、陽奈子の知識の中にあるファンタジー要素には欠かせない「魔法」も存在するらしい。

 そして、それを使えるのは魔力を持つ魔族だけとの事だ。

 言われてみれば、昨日人間である騎士様ご一行に攻撃された時も、火を纏った矢は飛んできたけれど、直接火を撃って来る魔法使いみたいな人は、いなかった気がする。


 あの時は必死だったし、騎士以外は皆、冒険者と言うより近隣に住む村人達という感じだったから違和感はなかったけれど、どうやら人間にはそもそも「魔法使い」という職業が存在しない様だ。

 ファンタジー世界の住人は、魔法と共存しているイメージが強かったので、少し意外である。


 そこまで理解してから、そっとロベルトに視線を移した。

 出会い頭に氷の刃で攻撃されるという状況はインパクトが強すぎて、いくら混乱していたからといっても、流石に忘れられるはずがなかった。

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