第18話 満たされていく空腹
「念の為に、こっちも取ってきておいて良かったよ」
陽奈子が謎の生肉の存在自体に怯えている事に気づき、すぐに再び巨大な肉塊を無造作に掴んで、陽奈子の視線から遠ざけてくれた。
その後マティスが取りだしたのは、色とりどりの果物っぽい植物と思われるものの数々。
陽奈子の戸惑いを知ってか知らずか、マティスは話の通じる相手だと確信したらしい。
確かにマティスは、出逢ったその時から、この巨大なドラゴンの陽奈子を見ても尚、気軽に話しかけて来てくれた。
ロベルトの攻撃を簡単に防いだ事といい、もしかしたらマティスにとってドラゴンという生物は、脅威ではないのかもしれない。
マティスのルックスは、完全に王子様なのだけれど、体つきは普段から剣を扱う戦士か何かなのだろうとわかる、頼りがいのあるその身体をしている。
強いのは間違いないのだろうけれど、特段大男という訳ではないし、どっしりしているというよりは、どちらかといえばスラリとしたタイプだ。
短時間の間に、どう見ても採れたて新鮮といわんばかりの、巨大な生肉の塊を複数持ってきただけでも驚きだったのに、さらに数種類の果物をどこに隠し持っていた事になる。
(どう調達して、どうやって一人で運んで来たのかな?)
疑問はつきなかったけれど、逆に何故かマティスなら、何でも出来てしまう気もするから、不思議だ。
笑顔で差し出されたその色とりどりの果物っぽいものの中に、陽奈子が知っているものは何一つない。
けれど、グロテスクな生肉と比べたら天と地の差である。
恐ろしいと感じて緊張していたロベルトとの二人きりの時間でさえ、盛大にお腹が鳴ってしまった事実からもわかるように、陽奈子の空腹感は限界に近かった。
マティスの口ぶりからすると、どうやらドラゴンは肉食らしい。
人間からも魔物からも恐れられている存在であるというのは、強い捕食者であるという所からきているのだろうから想像の範囲内だったが、とてもじゃないけれど何の肉かわからない生肉には手を出せそうになかったので、マティスの機転に感謝である。
陽奈子は、恐る恐る差し出された果物とおぼしき食料に、手を伸ばした。
「……いただきます」
「はい、召し上がれ」
お世辞だったとしても、陽奈子の警戒を解くための嘘だったとしても、マティスの発した「可愛い声」という感想は、随分と陽奈子の心を軽くした。
相変わらず、聞くに堪えない恐ろしい咆哮が口から出ているのだけれど、それでも躊躇なく素直に言葉を声に乗せる事を選べたのは、マティスのおかげだろう。
陽奈子の言葉に、マティスが優しく頷く。
間違いなく、言葉として通じていた。
恐る恐る囓ってみた、よくわからない食べ物は、りんごと桃を合わせた様な味がした。
甘みと酸味が、口の中でゆっくりと広がって行く。
同時に、身体が求め続けていた水分が身体中に染み渡る。
盛大に鳴ったお腹の虫が満足するには、最初に差し出された恐ろしげな生肉の方が、今の陽奈子の身体にとっては、良かったのかもしれない。
けれど渇き切った喉には、優しく甘い味はとても優しくて。
そして何より、謎の果物は、驚くほど美味しかった。
一度口に入れると、身体が休息に食事を求め出す。
陽奈子が望むままに、差し出される沢山の果物を、奪い取る勢いで口に入れて行った。
「……良く食べますね」
「それだけ腹が、減ってたんだろ」
ロベルトの呆れる様な声と、マティスの楽しそうな声が、耳に入ってくる。
本来なら、多感な時期の女子に向けられるには恥ずべき言葉だったのだけれど、今は気にしている暇はなかった。
身体が貪欲に水分と食料を求めていて、恥ずかしがる隙もなく食べる手を止める事が出来ないでいる。
どうやら自分が思っていた以上に、陽奈子は飢えていたらしい。
しばらく一心不乱に齧りつき、やがて大きな身体が満足する程の膨大な量の果物を消費した頃、ようやく手が止まった。
我に返って見回すと、マティスが調達してきてくれた果物の数々は、見事に空になっている。
残されていたのは、端っこに追いやられた後は見ない様に心がけていた、恐ろしい生肉の塊の数々のみ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
手を合わせる事が出来ない代わりに、この世界の事がなにもわからない陽奈子には、絶対に安全に調達する事は不可能だったであろう食料を運んできてくれたマティスに、ぺこりと頭を下げる。
マティスはくすりと笑って、まるで陽奈子の動作を真似る様にお辞儀を返してくれた。
目が眩むほどの、王子様スマイル再来である。
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