第17話 主従の信頼関係

「お待たせ!」

「マティス様、ご無事でしたか」

「ただ食料を調達しに行っただけだ、大げさだな」

「いつもそれだけで終わらないから、心配なのです」


 マティスと深く会話を交わした事もなければ、人物像を良く知っている訳でもない。

 それでも、ロベルトが極度の心配性だからという訳ではなく、マティスの方が周りの皆の心配をよそに、好き勝手に暴れまわる姿が、容易に想像できた。


(何となく、ロベルトさんの気苦労がわかる気がする)


 問答無用で攻撃を仕掛けたロベルトと陽奈子を、和解もしていない状態で二人きりにするという自由奔放なマティスの行動を目の当たりにしたばかりなので、それは大きく間違っていない予感がした。

 だが、当のマティスはどこ吹く風である。


「今回は、ちゃんとすぐに帰って来ただろ?」

「まぁ、そうですね。いつも、こうであって頂きたいですが」

「お前は一言多い」

「どなたが、そうさせているとお思いですか?」

「はいはい、俺です俺です。それより、待たせたな」


 ロベルトの小言にはうんざりだという顔をして、マティスは反省の色一つ見せず、おざなりな返答をして会話をぶった切った。

 だが、それによって雰囲気が険悪になったりはしない。

 それが許される信頼関係があって、これが二人の日常なのだと、出会って短い陽奈子にもすぐにわかった。


(良い関係なんだろうなぁ)


 なんだかんだ文句を言い合いながらも、気を許しあっている様子の二人を、羨ましく思う。

 微笑ましく眺めていたら、マティスがふと陽奈子に視線を移した。

 パチッと視線が合った瞬間、にっこりと微笑んでくれたものだから目を逸らす暇がなくて、その格好良い顔を凝視してしまう。


(やっぱり、王子様だ)


 そのキラキラとした王子様スマイルに見蕩れていると、その王子様キャラから繰り出されるにはあまりにも不釣り合いで巨大なおぞましい何かが、突然陽奈子の目の前に差し出された。

 その正体は、何の生物なのか不明としか言いようのない、グロテスクな無数の生肉。


(ひぇ……!)


 考えなくてもわかる。

 マティスが出かけていた理由は、陽奈子の為の食料調達だ。

 恐らくこれは、マティスがドラゴンである陽奈子の為に用意してくれた、「食事」に違いない。

 だが、いくらドラゴンの身体になっているとはいえ、陽奈子にはそれらを口にしたいとは、到底思えなかった。


「腹減ってんだろ? 遠慮せず食え」


 身体を震わせてドン引きしている陽奈子の様子に気付かなかったのか、それともむしろ喜んでいる表現だと思われたのか、マティスは綺麗な笑顔を保ったまま、躊躇なくその生肉を陽奈子へと放り投げた。


「嫌っ!」


 思わず発した声は、やっぱり言葉にはならなかったと思う。

 陽奈子自身が、自分の口から出た唸るような咆吼を聞いたのだから。

 けれどマティスは、そんな事は気にも止めず、驚いた様に目を見開いた後、嬉しそうに「ははっ」と声を出して笑った。


「なんだ、可愛い声をしてるじゃないか。女の子だったんだな」


 マティスの言葉の先には、陽奈子しかいない。

 つまりそれは、ロベルトに掛ける言葉であるはずはなく、どう考えても会話の相手は、陽奈子以外に考えられなかった。


(……可愛い声? どこが?)


 それでも、自分に向けられた言葉だと、俄には信じられないでいる。

 陽奈子の声は可愛いどころか、女の子だと判断できる要素が、一つもなかったからだ。

 自分自身でさえ、この声を言葉だとは判別できないのに。


 恐ろしい、ただの咆哮でしかない、言葉にならない音。

 なのにマティスは、たった一言発しただけで、しかも否定の言葉だったにも関わらず、陽奈子の事を女の子だと認識してくれた。

 しかも、例えお世辞だったとしても、「可愛い」とまで言ってくれたのだ。

 陽奈子にとって、奇跡に近い出来事だった。


「もしかして、君は肉食じゃないのか? なら、こっちならどうかな?」


 しかもマティスは、どうやら陽奈子の咆哮を正しく言葉として受け取ってくれている様子である。

 何故マティスには通じるのか、理由はわからない。

 けれどもつまりこれは、この世界で誰にも通じる事のなかった陽奈子の言葉を、理解してくれるたった一人が現れたのかもしれないという事だ。

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