第16話 敵意の解除
「怖がる必要はない、と言っても無理だろうが……。マティス様のご命令だ、今後許可がない限りお前に手出しはしない」
(それって……許可が出たら、何かするって事なんじゃないの?)
怯える陽奈子を安心させる為に、紡がれたのであろう言葉が、余計に現実性を持って陽奈子を脅す事になっている。
その事に、恐らく本人は気づいていない。
とはいえ、ここから逃げ出す事はどうやら出来そうにないし、今このチャンスを逃したら、今後陽奈子を助けてくれそうな人に出会えるという保証もなかった。
どんなに恐ろしくても、今はこのまま「何もしない」というロベルトの言葉を信じるしかない。
大人しくマティスを待っているのが正解だということは、流石に未だ混乱の中にある陽奈子にも理解できていた。
逃げ出したくて立ち上がりかけていた身体を、そろそろと地面に近づけて頭の位置を少し下げる。
陽奈子のその行動で、ロベルトはこれ以上暴れ出す危険性は無いと判断してくれたのだろう。
近くに腰を下ろして武器にもなっていた分厚く大きな本のページを捲りながら、そのまま読書に入ってしまった。
これ以上、陽奈子と会話をする気がないという意思表示なのか、それともあまり会話を好まないタイプなのかはわからない。
視線は逸らしていても警戒はしている気配は感じるものの、敵意を真っ直ぐ陽奈子に向けてる事だけは、やめてくれた様子だった。
安心した途端、またも陽奈子のお腹は、盛大な空腹を訴えた。
大きな音に驚いたロベルトが、本から視線を上げて陽奈子を見る。
顔が赤くなったりはしていないはずだけれど、恥ずかしがっている陽奈子の気配を察したのだろう。
何も言わずに、すぐさま本へと視線を戻してはくれたが、今回は疑いようもなく肩が震えている。
怒りや恐怖からではなく、笑いをこらえているのは明白だった。
(ちょっとぉぉぉぉ。いい加減にしてよ、私のお腹!)
もう、本当に泣いてしまうかもしれない。
泣いても、良いのかもしれない。
「確かに、空腹を訴えるばかりで、全く襲っ来る気配のない大人しいドラゴンを、いきなり敵とみなすのは間違っていたかもな」
ロベルトの小さな呟きは、陽奈子に聞かせるためではなく、思わずぽつりと口から飛び出た独り言なのだろうとは思われた。
だが、笑いをこらえつつ呆れた口調のロベルトの言葉は、この耳にばっちり入ってきている。
感度のいい聴力も、ドラゴンの姿になった効果だろうか。
元々、地獄耳であるなどの能力はなかったから、そう信じたい。
そして、そんな効果は今ここで必要なかった。聞こえない方が、幸せだという事もある。
「私に、食らいついてくれるなよ」
本来のドラゴンであれば、空腹を感じた時には人間を襲うのが、通常なのかもしれない。
ドラゴンが肉食なのか草食なのか雑食なのか、わかるべくもないけれど、少なくとも陽奈子は人間を食べたいとは思わなかった。
(食べません!)
冗談めいた口調で、にやりと口の端を引き上げながら今度は間違いなく陽奈子に向けて放たれた言葉に、思わず言い返しそうになってしまう。
陽奈子の意思が伝わったのか、それともあまりにもドラゴンとしては頼りないと判断されたのかは判別できない。
だが、揶揄う様な口調を向けられた事で、ロベルトがすっかり陽奈子を「敵」というカテゴリから外してくれた事はわかった。
安心はしたけれど、何となく手放しで喜べない。若干、馬鹿にされている様な気がする。
それにしても、元々そう高くはなかった女子力が、この世界に来てからというもの崩壊の一途を辿っているのではないだろうか。
鳴り続けるお腹を静める方法もなく、途方に暮れてしょんぼりと俯きながら、ぱらぱらと小さな音を立ててロベルトの本をめくる気配だけを、ただ辿る。
そうして、どの位の時間が経っただろうか。
最初に現れた時と同じ軽快な足音と共に、広間に明るい声が帰ってきた。
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