第15話 緊張を引き裂く音

(えぇぇぇぇぇ……?)


 今のドラゴンの姿では顔色が変わらなかったかもしれないけれど、本来の姿をしていたら、確実に真っ赤になっていただろう。

 空気を全く読めていない生理現象が恥ずかしかったし、何よりドラゴンの姿になっているとはいえ、年頃の女子としてかなり恥ずかしい。


「ぷっ、ははは。何だ、腹が減ってたのか」


 勢いよく吹き出す王子様と、呆れた様なロベルトの表情を前に、頭を抱えたくなる。

 せめて可愛らしく鳴ったならまだしも、ドラゴンの巨体に相応しい地を這う地響きの如き音は、誤魔化しようがなかった。


 目の前にいるのは、怖いという感情は持っているにしろ、目を奪われるほどの格好良さを持った、見目麗しい男性二人である。

 「穴があったら入りたい」という言葉を実践したいと思ったのは、生まれて初めてだ。


(あぁぁぁぁぁ、もう最悪!)


 今の陽奈子の両手に、頭を抱えられるほどの長さがないのが、いっそもどかしい。

 昨日この世界に飛ばされて以降、何も食べてはいないのは確かだった。

 だがらといって、「何もこのタイミングで鳴る事はないではないか」と、自分の腹部に文句を言いたい。


 それに、いくら空腹だからと言って、昨日からの自分の置かれたこの危機的状況下において、普通であれば食欲が湧くとも思えなかった。

 どれだけ、この身体の燃費が悪いかはわからない。

 だが、痩せているとは自信を持って言えないけれど、標準体重前後をキープしている年頃の乙女に、この巨大な身体はもて余すどころの騒ぎじゃなかった。


(今、何キロあるんだろ?)


 自分の置かれた状況を鑑みると、抱く悩みは「そこじゃない」事は十分承知だ。

 けれど、一度気になってしまったものは、気になる。


(せめてドラゴン的にでも良いから、スレンダーな美人であって欲しい)


 キラキラした格好良い男性二人を前に、盛大な腹の虫を聞かれて誤魔化す術もなく、現実逃避をするしかなかった。

 恥ずかしさを紛らわせる為に、俗物的な感想で誤魔化すのは仕方がない事なのである。


「わかった。何か食い物、探してきてやるよ」

「ちょっ、お待ち下さい!」

「ロベルト、お前はここにいろ」

「マティス様!」

「すぐに戻る」

「そう言う問題ではありません」

「仲良くしてろよ」

「待……っ!」


 ロベルトが止める暇もなく、風の様に王子様は広間を駆け去って行く。

 ロベルトの呼びかけにより、王子様の名前が「マティス」だと判明したけれど、それを噛み締める隙さえなく、好戦的なロベルトと二人きりになった事実に、思わず顔が引きつる。

 ドラゴンの表情が、どれほど変化するかどうかはわからないだけれど、少なくとも陽奈子の心の中の頬は完全にヒクついていた。


 お腹が鳴ったことに対して揶揄う事なく、即座に食べ物を探しに行ってくれた行動力に関しては、感謝しかない。

 だが、まだ陽奈子への攻撃を止められた事について、全く納得のいっていないロベルトと二人きり、という状況に置かれてしまった事については、「酷い」と責めても許されるのではないだろうか。


 ロベルトが、マティスの命令に背く事はないという、強い信頼関係というか主従関係というか上下関係というか、そういうものが二人にはあるのかもしれない。

 けれど、陽奈子にとって、今の状況は恐ろしい事に違いはなかった。


 後ずさろうとしてピクリと動いた陽奈子の気配に、マティスが消えて行った先へ追いかけていた視線を、ロベルトが陽奈子へ戻した。

 鋭い視線はそのままだったけれど、その中にどこか困惑の表情が読み取れる。

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