第14話 王子様の実力

(…………え?)


 どうやら間違いなく、その手にあった分厚い本は彼の武器だ。

 その武器によって、陽奈子が問答無用で攻撃されたと理解した時には、もうその刃は目前で粉々に砕け散っていた。


 というか、本当なら本が武器なのだと気付いた時には、きっとその恐ろしい氷の刃は、既に陽奈子を貫いた後だったに違いない。

 王子様が腰に佩いていたその剣が、氷を弾き飛ばし砕いてくれていなければ、「魔法って本当にあったんだ……」そう思う時間さえ残す事もなく、陽奈子は攻撃を食らっていたし倒れていた事だろう。


「ロベルト、事を急くな」

「何故、止めるんです」

「こいつは、敵じゃない」

「ですが、相手はドラゴンですよ」

「聞こえなかったか? 俺は「手を出すな」と、言ったんだ」

「……申し訳ございません」


 王子様の顔は見えなかったけれど、ロベルトと呼ばれた氷の魔法使いを咎める言葉の威力は、絶大だった。

 納得した訳ではないという顔をしているのに、王子様のその一言だけで、ロベルトはぐっと口をつぐんだのだから。


 どうやら二人は同等の仲間ではなく、上下関係が存在しているらしいと、そのやりとりだけでわかる。

 命令口調のその声は、王子様がただ優しいだけの人ではないのだと、如実に示す鋭さがあった。


 守られたはずの陽奈子まで、身を竦めたくなる強さの源は、恐らく決して弱くはないロベルトの放った氷の刃を、いとも簡単に砕いたその腕力だけではない。

 この世界に、身分や階級がどれだけあるのかはわからないけれど、王子様がロベルトよりも上の存在である事が、たった一言だけで理解できた。


 わかった途端に、優しい王子様だと思い込んでいた、目の前に立つ彼の事が怖くなる。

 陽奈子に初めて暖かな頬笑みをくれた人は、ただ優しいだけの人ではないのだ。

 やはり、魔王だという可能性は消えていなかったのかもしれない。


「怪我はないか?」


 振り返った王子様が、たった今氷の刃を打ち砕いた剣を、何でもない様に軽く振って残った氷を振り落としながら、腰にある鞘に戻す。

 その声がけは、陽奈子を心配してくれているからこその言葉なのは、わかっていた。

 だけど、一度生まれた恐怖の感情は、その向けられる優しい笑顔だけでは消えない。


 いつかその剣が、陽奈子を貫くかもしれない。

 もしかしたら、声を発した次の瞬間にでも――――。


 その可能性が生まれてしまった事実に、怯えた身体が震える。

 ロベルトが出現する直前まで、彼の問いに頑張って素直に応えようとしていた陽奈子の勇気は、一瞬にして砕け散ってしまった。

 そう、陽奈子を貫こうとしたあの氷の刃が、粉々になったのと同じ様に。


「…………」

「ロベルト、お前のせいだぞ」


 非難の声を上げる王子様の隣に、つまり陽奈子の正面まで近寄って来ると、ロベルトは再び謝罪の為に、頭を深く下げた。

 けれどそれは、上司である王子様に対してだけの行為であり、陽奈子に対する敵意は完全に消えていないのがわかる。


 確か昨日の騎士様ご一行も、言葉を交わす素振りさえ見せず、陽奈子の姿を見つけた途端に、突然攻撃に転じてきた。

 この世界では、ドラゴンという存在は人にとって脅威となる敵勢力なのだと考えて、どうやら間違いなさそうだ。


 ドラゴンの姿に怯えることなく話しかけ、言葉を聞いてくれようとする姿勢を見せてくれた王子様が、特殊なのだと考えた方が良い。

 そんな優しさの垣間見える人との交流を拒むのは、愚策だと頭では理解できても、やはり一度生まれてしまった恐怖が抜けきらないのも、また事実である。


 人だけではなく、ドラゴン側に近いと思われるキメラにさえ警戒され、話を聞いてもらえないどころか、こちらが何もしていないにも関わらず襲ってきた。

 昨日からずっと陽奈子に向けられている、攻撃や威嚇の数々を思えば、警戒しすぎても仕方がない事の様に思えた。


 手負いの獣が、なかなか人に懐かない心理が、なんとなくわかったような気がする。

 恐怖を植え付けられた後だと、次にいつ同じ目に合うかわからないから、優しくしてくれる安全だと思う人にさえ、身を寄せる事が怖くなるのだ。

 その強さを、目の当たりにした直後となると、尚更。


(声を出したい。言葉を聞いてもらいたい。でも……怖い)


 今の状況から救って欲しいなんて望まないから、ただ会話をしたい。

 会話への渇望は、確かに陽奈子の中に生まれていたけれど、一度挫けた勇気を再び奮い起こすには、命の保証という絶対的な安心感が、この場においては薄過ぎた。


 逃げるように王子様な彼から視線を逸らして視線を彷徨わせると、今度はロベルトと視線が合ってしまい、その射抜く様な瞳に余計に怯む。

 王子様がきつく言い聞かせてくれたお陰で、攻撃こそして来ないけれど、気を抜くとその視線だけで刺し抜かれてしまいそうだ。


 思わず後退して、逃げの姿勢を取ろうと身を引きかけた、その時。

 自分でも何事かと吃驚する位、盛大に空腹を訴えるお腹の音が、その場に響き渡った。

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