第13話 第二のイケメン
(あの恐ろしい咆哮を、この王子様みたいな素敵な人に、聞かせたくない!)
それどころじゃない事は十分理解しているのに、自分でも驚く程の乙女チックな理由が頭をよぎる。
巨大で恐ろしい姿を既に見られているのだから、どんな声が陽奈子から出るのか、彼にだって予想は付いているに決まっているのに。
(嫌われたくないな)
王子様とは初対面であり、陽奈子に好かれる要素はない。
好かれる以前に、陽奈子の事を敵とみなしたりしないと安心出来る状況では全くないのに、ちっとも声が出ないのは、多分そんな単純な理由だった。
一目で、恋に落ちた。
物語の中に出てくるそんな表現に、「どんな安い恋愛なんだ」と馬鹿にしていた陽奈子が、その表現をそのまま使う事になるとは、思ってもいなかった。
だけど、どうあがいてもそれが一番当てはまったとしか言いようがない、状況判断の出来ない自分の浮き立つ心が、いっそ恨めしい。
「ん?」
そんな理由で、陽奈子が声を出せないでいるなど、王子様は思いもしないのだろう。
それでも陽奈子が、何か戸惑いと葛藤によって身動きが取れなくなっている事を、どうやら察してくれたらしい。
急かすでもなく、けれど会話を放棄するでもなく、ただ促す様に眼差しを向けてくれる優しさに、泣きそうになる。
こんなにも優しく、陽奈子に接してくれた人は、今までいただろうか。
この異世界に、飛ばされて以降の話だけじゃない。
普通の女子高生として暮らしていた、今までの人生の中でさえ、こんなに寄り添って貰っていると感じる事は希少だった。
(何か、何か言わなくちゃ……!)
やっとの思いで決意して、口を開きかけたその瞬間。
バンっと大きく音を立てて、彼が入って来たのと同じ、謁見の間と外を繋げる大きな扉が再び開いた。
「ここにおられましたか!」
びくりと身体を震わせて、開けかけた口を再び閉じてしまった陽奈子の反応を見て、目の前で微笑んでいた王子様が、大きな溜息をつく。
そして、音を立てた原因が何者なのかを知っている様子で、責めるように後ろを振り返った。
「お前、タイミング悪すぎ」
「何がですか」
「もうちょっとで、この子が喋ってくれそうだったのに」
突然のダメ出しに不満そうな声を上げる乱入者へと、そっと視線を向ける。
目の前に居る、王子様な彼とは対照的な雰囲気ではあったけれど、知的な印象のその人も負けず劣らず、いわゆる美形と称される容姿の持ち主だった。
(やだ。この人もカッコ良いんだけど)
片眼鏡が様になる男の人を、現実に目にしたのは初めてだ。
中世ヨーロッパ風の、貴族や執事が付けているイメージはある。
けれど、それも漫画やアニメという二次元世界で見た事があるだけだった。
(まさかこんなに片眼鏡が似合う実在の人物が、存在するなんて……)
王子様が優しい太陽だとしたら、知的な彼は冷たい月、と言ったところだろうか。
切れ長の瞳に、肩に触れる程までさらりと綺麗に伸びた髪。
王子様のように剣を佩いているわけでもなく、動きやすさなど少しも重視していないローブの様な服装に加えて、邪魔じゃないのかと思わず心配してしまうほどに、分厚い大きな本を手にしている所も、片眼鏡を似合わせている要因だろう。
持ち歩くには効率が悪そうな本を、当然の様に手にしているので、あるいは武器なのかもしれない。
見た目からして、この知的な彼は、魔法使いか何かなのだろうか。
単に調べ物の最中だったとも考えられるけれど、王子様を探していた雰囲気で現れた事鑑みれば、いくらなんでも分厚い本を抱きかかえたまま人探しをするなんて、考えにくい。
となると、普段から持ち歩く職業だと想像する方が、まだ自然だろう。
目の保養過ぎる、相対する二人の男性を前に、陽奈子はもしかしたらまだ夢の中にいるんじゃないかという思いさえ、抱き始めてしまう。
「ドラゴンじゃないですか」
「ロベルト、やめろ!」
その言葉と共に、もしかしたら武器なんじゃないかと陽奈子が予想を立てた分厚い本を、彼がバサバサッと開いた。
王子様な彼が静止するのも聞かず、理解できない謎の文字列を詠唱したと思った次の瞬間。
彼の持つその分厚い本から、突然氷の刃が陽奈子に向かって一直線に飛び出して来た。
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