第12話 魔王様は王子様!?

「誰だ?」


(え? 王子、さま……?)


 魔王だなんて、とんでもなかった。

 恐ろしい魔物どころか、どちらかと言えば王子様とか勇者様とか、昨日の騎士を名乗っていた男とは全く正反対の、陽奈子が想像していた通りの優しそうな騎士様とか、そういうキラキラしたタイプに分類される人物が、目の前に立っている。


 金髪碧眼といった、わかりやすい王子様キャラではない。

 けれど、羨ましくなってしまう程のさらさらと流れる黒髪と、真っ直ぐ陽奈子を見つめている紫水晶を連想させる瞳に、思わず引き込まれて吸いこまれそうになる。


 ドラゴンになっている陽奈子の身体が大きすぎるから、小さくは見えてしまうが、すらりと伸びた背は陽奈子の知っている親だったり教師だったりといった、成人男性と比べて大きく見える。

 恐らく、平均よりは高いのではないだろうか。


 服装は、豪華と言えるものではなかったけれど、一番似合うものをきちんと選択できているので、シンプルだけれど質素という感じは全くしない。

 腰に差した剣だけが、武器など目にした事もなかった陽奈子が、良いものなのではないかと一目でわかる丁寧な作りの一点物っぽい鞘に収まっている。

 高価そうではあっても、ゴテゴテした装飾ではないのが、彼の品の良さを表わしている様だった。


 魔王という恐ろしい表現からは外れるけれど、この城の王様だと言われれば頷いてしまえる気もするし、ただ立ち寄っただけの旅人だと言われれば、それも納得できるような気がした。

 不思議な雰囲気を、纏った人だ。


「俺の言葉、わかるよな?」


 首を傾げる行動さえサマになっている、突然現れた王子様は、あまりにも美しすぎた。

 例えば彼が女装でもしたとしたら、いやもしかしたらそのままであっても、比べられたら負けるのが確定しているので、隣に立つのはご遠慮願いたいと心から思う煌めきだ。


 可愛がられて育ったとは言え、陽奈子は普通の女子高生なのである。

 今はドラゴンの姿なので、逆に気にならないというところがあるけれど、女性として完全に負け試合なのが確実だった。


 かといって、彼が女性的な美しさを持っているとか、中性的であるとか、そういった意味とは少し違う。

 例えばジェンダーレスな服装で立っていたとしたら、確実に男性だとわかる位には、体つきはしっかりしている。

 一番適切だと思われる表現としては、「完璧なまでに整った顔立ちと立ち姿の男性」というのが、あてはまるだろうか。


(あまりにも格好良くて、直視できないって本当にあるんだ……)


 世の中に、こんなに綺麗で完璧な人がいるなんて、目の前にしても信じられない。

 けれど、近付きがたい彼の口調はどこまでも気軽で、どう見ても不審人物である陽奈子に投げている言葉だというのに、棘がない。


 そのギャップが、親しみやすさを最大限に引き出していた。

 これで彼が命令口調だったり、堅苦しい雰囲気だったりしたら、直視どころかとても近付けたものではない。


「おーい、起きてるか?」


 触れ合いそうなほど、目の前まで近寄って来た彼が、陽奈子の目の前で確認するように片手を振る。

 そこでやっと陽奈子は、ハッと意識を現実に引き戻した。


 突然現れたこの人が、ドラゴンだというだけで攻撃を仕掛けてくる事も、魔王のような恐ろしい化け物ではない事も、理解出来る。

 けれどだからこそ、声が出なかった。


 相手が、騎士様、王子様、勇者様、魔王様なんだっていい。

 問答無用で、陽奈子に向かって剣を向けないでいてくれる人がこの世界にいるという事実だけで、泣きそうになってしまう位嬉しかったから。


 王子様は若干不審そうにはしているものの、陽奈子の言葉をちゃんと聞こうとして声をかけてくれた。

 それだけで今の陽奈子には、十分過ぎる救いである。


 もし目の前にいる王子様が、この古城の主とまではいかなくても、普段からここに住んでいたり拠点にして活動しているとしたら、不審者は陽奈子の方だ。

 もしかしたら昨日よりもずっと、不法侵入者である陽奈子にとっては、不利な状況であるかもしれない。


 例えば、彼が陽奈子と同じく一晩の宿を借りただけの旅人だったとしても、今の陽奈子はドラゴンという忌むべき魔物でしかなく、腰にあるものすごく切れ味の良さそうな剣を突きつけられても、おかしくないと言える。

 ここまで至近距離まで迫られていては、戦い方どころか上手い逃げ方さえも知らない陽奈子は、ひとたまりもない。


 そのどちらでもない状況を作ってくれているのは、他でもない王子様なのである。

 ここで陽奈子の置かれている状況を、きちんと説明する事が必須であり正解である事は、頭の隅でわかっていた。

 焦りながらも、実際「説明しなきゃ!」と思ったし、口を開きかけもした。

 だけど、どうしても声が出ない。

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