第11話 突然の来訪者
「誰かいるのか?」
扉の開く音ともに聞こえた低い声に、びくりと身体を揺らす。
大きく開けた広間なので、咄嗟に隠れられる物陰などない。
例えあったとしても、今の陽奈子の身体のサイズを考えると到底隠れる事は出来なかったのだけれど。
相手が何者かわからない状況で、それが正しくない行動であるとわかっていても、身体を硬直させたままぎゅっと目を閉じる事しか出来なかった。
問いかけは疑問を紡ぐ言葉ではあったが、恐る恐るといった様子は一切なく、扉を開く声の主には躊躇がない。
それはつまり、この古城の勝手を知っている人物である可能性が高いという事だ。
もし陽奈子と同じく、この古びた城に一晩の宿を求めて来た旅人だったとしたら、先客がいるかもしれない気配を感じた上で、迷いなく対面する行動を取ろうとは思わないだろう。
迷い込んだにしろ、元々この場所を目標にしていたにしろ、城の主に挨拶するのは当然だと考えての行動かもしれないという可能性はある。
例えば、陽奈子をその城の主だと勘違いして、無視するのは失礼だと考えたのかもしれない。
けれど、違う可能性だって十二分に考えられる。
それに、この古城の状況を鑑みれば、その可能性の方が高いのだ。
もし陽奈子が城を訪ねてきた旅人の立場だったとしたら、こんなにも尊大に当然の如く、主がいるかもしれない大きな城の扉を、躊躇いなく開け放つ事など出来ない。
中に何者かがいる気配がしたとして、声を掛ける事はあっても、返事が来るまでの数秒は待つだろう。
もし返事がなかったら、ある程度の時間をかけて、扉の前に留まり開けてもいいものかどうか悩む。
昨夜の様な状態で、いろいろと限界が近かった状態だとしても、陽奈子ならそれ位はする。
実際、この広間に身体を滑り込ませるまでに、安全なのか本当に誰もいないか、随分確認した。
昨日は、一日中襲われる恐怖と戦っていたも同然だったから、警戒心が強くなっていたのは確かである。
異世界に飛ばされたという、とてもじゃないけれど現実的ではない状況に置かれていたとはいえ、安全に暮らして来た女子高生の陽奈子が、女子高生の姿のまま一番最初に降り立ったのがこの古城だったとしたら、そこまでの警戒はしなかったかもしれない。
だけどそれでも、知らない場所の扉を一つ開けるには、かなり躊躇したはずだし勇気も必要だ。
慎重すぎると言われるかもしれないけれど、見知らぬ土地のしかも見知らぬ広大な城で、我が物顔で行動するには、それだけ安全が確保されているという確証がなければ難しい。
自分の考えが世の中の当然などと奢るつもりはないが、一般論として間違ってはいないと思う。
とすると相手は多分、この城に少なくとも一度以上は出入りしたことのある人物であり、なおかつ間違いなく謁見の間であろうこの空間の扉さえも、迷いなく開け放てる程この城に慣れている人物だと考えて良いのではないだろうか。
カツカツと近づいてくる足音は軽快で、歩幅はそう大きくなく、どうやら今の陽奈子のような巨大な化け物の線はないらしい。
巨体と鋭い牙や炎を吐く息を持つドラゴンである陽奈子に、躊躇いなく真っ直ぐ近づいてくる足音に、戸惑いや怯みはなかった。
つまり、昨日の騎士様率いるご一行の様に、見た目だけで怖がる必要はないと判断できる程に、強さを兼ね備えた人物なのかもしれない。
(まさか、本当に魔王……とか?)
扉が開け放たれた瞬間、隠れる事も出来ず飛んで逃げるという選択肢も忘れて、ただ身を竦めて目をぎゅっと閉じることしかできなかった陽奈子の思考は、最終的にそこに辿り着いた。
一度その考えがよぎると、もうそうとしか考えられなくなる。
軽快な足音がやけに大きくなって、ようやく止まった。
気配から察するに、魔王と思しき人が陽奈子の真正面に居る事は、もう間違いない。
身を縮ませながら、観念するように恐々と片目だけそろりと開けた次の瞬間。
陽奈子は片目どころか両目を、これでもかと見開く事になった。
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