第10話 現実

 求めていたのは、見慣れた天井とLEDの照明。

 視線を横に逸らせば、ベッドのすぐそばに置かれた勉強机に乗っかった、タブレットと充電中のスマホ。


(あー、やっぱり夢だったんだ。良かったぁ……)


 そう一息ついて、いつものように学校へ行く為の準備を始める。

 今日は、すごく変で嫌な夢を見た。

 世界観だけでなく、感触や匂いまでなかなかリアルで、友達に話すネタとしては中々の話題。

 

 「こういうのはやっぱり、本やゲームの中だけの話で十分だよね」なんて思いながら、朝食もそこそこに、家を飛び出す。

 陽奈子の望みは、それだけだった……だったのに。


 目を覚めると、そこはやっぱり異世界でした――――。




 眠りに落ちる前と、何一つ変わらない景色。

 違うところと言えば、夜が明けて朝の光が身体を休めている広間全体に、きらきらと差しているという所くらいだろうか。


 天井は相変わらずぽっかりと吹き抜けているが、寝室代わりに使わせてもらった謁見の間らしき場所は、昨夜感じたもの悲しい空間ではなかった事に、少なからず驚いた。

 むしろ、どこか神聖さを覚えた感覚の方が正しかったのかもしれない。


 天井は崩れて開いたのではなく、綺麗にくりぬかれている様な造りで、これが本来のデザインなのかもしれなかった。

 昨夜軽く覗いた部屋の調度品を見る限り、人間かもしくはそれに近い種族の城だと思われた。

 けれどもしかしたら、今の陽奈子の様な巨大なドラゴンが出入りする為の城なのだと言われても、納得してしまえそうに空から繋がる広間は広大だ。


 最奥に鎮座する玉座の大きさからすると、王様が巨大だという訳ではなさそうな事は想像できる。

 だが、謁見場所であろう一段下がったふわふわの絨毯敷きの広間に、あまりにも空間がありすぎた。

 その広い空間があったおかげで、陽奈子は比較的快適に、睡眠を取れたわけだけれども。


 外観は古城としか言いようがなかったけれど、今も使われている魔物達の城だと言われても違和感がない。

 それも、動物や他の魔物が容易く近寄れない様な、強力な魔物を頂くもの。


 「魔物が城を作るだろうか」とか、「謁見の間が必要だろうか」とか、陽奈子の想像する魔物の生態からは確かに腑に落ちない疑問は沢山あるけれど、陽奈子の持つゲームや物語から得た知識がこの世界に当てはまるとは限らなかった。

 昨日出会ったキメラのように、会話は出来なくても統率の取れた動きをする魔物だっている。


 そのキメラ達だって、仲間内では完璧に連携が取れていたことを思えば、陽奈子が理解できなかっただけで、独自の言葉を扱っていたのかもしれないのだ。

 種族によって使う言葉が違うのは、珍しいことじゃない。


 それに、この世界がファンタジーにありがちな、魔王とか勇者とかの存在する世界だったら、魔物達のための城が存在するという可能性は、十分にあり得る話である。

 例えば魔王がいるとして、人型と巨大な本来の魔物の姿を使い分けられるとしたら、玉座の大きさや調度品が人間サイズであっても、問題はない。

 元々魔王が人と同じサイズだったとしても、いろんな大きさの種族が出入りするなら、謁見の間の広さも、矛盾なく説明できるような気さえする。


 だがそうであるなら、この城に長居するのが得策ではない事は、明白だった。

 ゲームの中では、魔王と呼ばれる存在に対して、常識的な話は通用しないのがセオリーだ。

 会話で解決できるなら、そもそも敵対などしないだろう。


 そんな魔王が帰ってきたところに、もし鉢合わせしてしまったら。

 限界だったとはいえ、勝手に城を利用した事を激しく責められたら、いくら今の姿が巨大なドラゴンだとしても、中身はただの女子高生である陽奈子は、なすすべなく一瞬で殺されてしまうに違いない。

 もしこの空飛ぶ古城を作った人物が魔王だとしたら、全力で抵抗したところで、勝てる相手だとも思えなかった。


 一度確認して以降、極力見るのを避けていたのだけれど、いつまでも現実逃避するわけにもいかず、恐る恐る自分の姿に再び視線を落としてみる。

 そこにあったのはやはり、硬い鱗で覆われたくすんだ色の肌で、五本の指先には年頃の女の子らしく綺麗に整えられた爪はなく、鋭いはさみの様なごつい爪が伸びているだけだった。


 残念極まりないが、やはり今の陽奈子は「女子高生」というカテゴリではないらしい。

 幸か不幸か、そのおかげで空を飛んでここから逃亡する事が出来そうだけれど、まず異世界に飛ばされてドラゴンになっている時点で、「幸」では絶対にない。


 起きぬけの思考が、マイナスの方ばかりに動くのは、昨日一日で体験した出来事のせいに他ならない。

 だが、少し冷静に自分を見つめられた事で、とりあえず空を飛んで逃げられるとわかったからだろうか。

 今のところ周りに敵はいない穏やかな状況だという事もあって、魔王城だと決まったわけではないのだから、もう少しだけこの城を見て回る位は、許されるのではないかという気にはなった。


 恐ろしい魔王の城、という可能性が消えたわけではないけれど、ただの滅びた文明の遺産という可能性も消えたわけではないのだ。

 後者だった場合、帰る方法が見つかるまでの、安全な拠点に出来るかもしれない。


 いつまでこの世界にいなければならないのか、何かこの世界で陽奈子がやるべき事でもあるのか。

 何もわからないけれど、確実なのはすぐに元の世界に戻る方法がないという事。

 となれば、安全な場所の確保は最重要事項である。


 自分が勝手に想像した最悪の妄想だけで、この城を早々に立ち去るのは、もったいなさ過ぎる。

 そう冷静に考えられる位には、思考が正常に戻って来ていた。

 ただ、いつまでこの姿でいなければならないのか、先が見えない事に変わりはない。

 思わず洩れた深いため息は、深い地響きのような振動を伴って辺りに鳴り響いた。


 その振動の大きさに、自分自身が驚いたその時。

 陽奈子の座っている真正面、謁見の間の入り口といえる重厚な扉が、突然音を立てて開いた。

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