第9話 月明かり

 陽奈子は普段、そんなに他人とのコミュニケーションを積極的に望むタイプではない。

 けれどそれでも今は、孤独を癒やしてくれる誰を激しく求めている。

 薄暗い部屋の中ばかり覗いていると、思考がどんどん落ちてしまいそうで、ふと視線を空へと移す。


 空の中にある古城から、更に上空を見上げるというのもおかしな感じがしたけれど、視線を上に向けてみるとそこには、月や星と同じような形のものが存在していた。

 部屋の中には、明かりを灯すものが一切ないにも関わらず、外からでも中に何があるのか薄ら確認できたのは、この輝きがあったおかげらしい。


 日の明るい内は、太陽のようなものが世界を照らしていたし、この世界の向こう側に宇宙が広がっているかどうかは謎だけれど、とりあえずこの世界にも昼と夜や、太陽と月があるらしい。

 全く同じとは言い切れないけれど、多少なりとも見慣れた風景が広がっている事に、自分の世界との共通点を見出して、少しほっとする。


 疲れた身体をこれ以上動かすのは辛かったけれど、何が起こるかわからないこの世界で、このまま吹きさらされている野外で眠りに落ちる気にもなれない。

 魔物の影も見当たらなかったので、再び古城の中へと視線を向けて、本格的に休めそうな場所を捜索する事にした。


 残された家具の数々を見る限り、かつては大きさ的には人間か、それに近い種族の城だったらしいとわかる。

 この場所で、今の自分の巨大な身体が入る場所などあるのかどうか、不安ではあった。


 けれど、ドラゴンである陽奈子が降り立ってもビクともしなかったし、頑丈で人間が住むには広すぎるバルコニーが、上空から見て分かりやすい場所にあった位だ。

 飛行に協力していたのは、ドラゴンではなくても同じくらいの大きさの生き物だった可能性は高い。

 であれば、何かしら休める空間はあるだろうと自分に言い聞かせ、きょろきょろと視線を動かしながら、古城の様子を詳しく伺う。


 そう時間もかからない内に、大きく開けた広間を見つける事が出来た。

 恐らく昔は、謁見の間にでも使われていたであろうその場所には、豪華な玉座やカーテンクロスや絨毯が、今もそのまま残っている。


 天井が崩れて、ぽっかり空いていたからこそ見つけられた場所だったが、四方はしっかりとした壁に囲まれている為、最初に降り立ったバルコニーよりは遙かに風をしのげそうだ。

 雨というものがこの世界にあるとしたら、濡れてしまうかもしれないけれど、今は明かりのない守られた部屋よりも、月明かりが頭上に輝いている方が安心するので、そこは許容範囲内である。

 なんとなく神聖な場所に入る様な気持を抱きながら、そろりと身体をその空間に滑り込ませた。


(うわ、気持ち良い……)


 本来は、鋭い爪を持つドラゴンなどに踏み入られるような場所ではない事が、ふわりとした絨毯の感触だけで感じとれた。

 天井が消失し、雨風に吹きさらされているはずの空間なのに、絨毯や玉座がくたびれていない事を思うと、空の上に浮かぶこの場所は、あまり激しい天候の変化がないのかもしれない。

 それとも、この古城全体が、何かの力によって守られているのだろうか。


 いくつかの疑問は浮かぶけれど、吸いこまれる様に落ち着いた柔らかいその場所から、再び動き出せる気はしなかった。

 どうせもう、誰も使っていない場所に違いない。

 疲労困憊のドラゴン一匹が、一晩休息を取る位は許されるだろう。いや、許されるに決まってる。


 物の良し悪しなど、あまり分かる方ではない陽奈子が、それでも「これは良いものだ」とわかる位の心地よい設備と誰の気配も感じない空間は、少しだけ抱いた躊躇感を失わせるのに十分な理由となった。


(ここ以上の安全で快適な休息場所が、見つかるとはとても思えない)


 誘惑に負けて、絨毯の上で身体を丸め、目を閉じる。

 睡魔が襲ってくると感じる暇もなく、陽奈子は気絶する様に、そのまま眠りに落ちてしまった。

 意識を手放す瞬間、今のこの状況こそが「夢でありますように」と、強い願いを込めて。

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