第7話 空を飛び続ける理由
想像以上に、身体を休める場所を見つけるのが難しい。
それを確信したのは、体内時計ではあるけれどキメラ達から逃げ出してから数時間以上経っても、ゆっくり落ち着ける場所を見つけられない事態に陥って絶望に打ちひしがれ始めた頃だ。
単純に、広い場所に着地すれば良いわけではない。
最初の何もないと思われただだっ広い平原にさえ、すぐに討伐隊らしき人間が現れた。
人の住めそうにない岩山で出来た島は、キメラ達が守っていた。
もし、多くの人々や動物たちが住む場所の近くに降りようものなら、突然の驚異に辺りがパニックになるのは、目に見えている。
こうなると、いっそ人間としての感覚がある事が、今は恨めしい。
ドラゴンを前にして抱く恐怖もわかってしまうし、襲われない為に必死に応戦してくる気持ちも、わかってしまうからだ。
あのあからさまな敵意には、とても慣れる事が出来そうにない。
だからこそ、「疲れたから、もうどこでもいいから降りてしまおう。人間が来たら、適当に追い払えばいい」と、そんな風に判断も出来なかった。
いっそ割り切って、本物のドラゴンの如き思考で、そう考える事が出来たなら、どんなに楽だっただろう。
人里離れた山間や海に浮かぶ島へ場所を求めると、今度はそこに暮らす生物や魔物達の縄張りがある事も理解した。
もしかしたら、どんな攻撃を仕掛けて来るかわからない分、武器などを見て行動が読める人間よりも、余程恐ろしい存在かもしれない。
休む場所を探すだけなのに、捜索活動はそう簡単にはいかない様だ。
今の陽奈子の身体より大きな飛行物体や生物は、今のところ見当たらない。
けれどだからといって、驚異がない訳ではないのだ。
なにより、陽奈子には戦いの経験など皆無なのである。
ゲームは好きだけれど、コントローラーだけを持って冒険できる世界と、実際に自分の命をかけて戦わなければならない状況では、雲泥の差がある。
軍人としての訓練どころか、体育の授業でさえついていくのがやっとなのに。むしろ陽奈子の体育成績は、授業でさえついていけていない事も、多々ある位のレベルなのに。
いくら身体が大きくて硬くても、頑丈で強くても、戦い方がわからなければ意味がない。
敵意のある相手に武器を向けられたら、怖いに決まっている。
(戦う覚悟なんて、絶対に出来ない)
この世界でのドラゴンの立ち位置は、どうやら善にも悪にも属さないのではないだろうか。
これだけ広い空をふらふらと飛び回っているのに、同族といえる他のドラゴンに一度も会っていない。
ともかく、ドラゴンが希少生物である事は間違いなさそうだ。
人間だけでなく、生物や魔物にも、双方向から狙われるのは、正直辛い。
ドラゴンがそこら中を飛び回っている世界も、それはそれで恐ろしいけれど、仲間や味方が一人もいない世界というのは、それ以上の不安がつきまとう。
(もぉやだ。家に帰りたい)
半泣きどころか、完全に人間の姿だったら嗚咽を漏らしている状況で、それでも必死に翼を動かす。
そうしなければ墜落してしまうし、墜落しても死なないかもしれないが、間違いなく人間達には囲まれる。
思いきって戦えば、きっと勝てる。
必死で叫べば炎だって吐けるし、しっぽをくるくる動かすだけで、かなりの破壊力があることは実証済みだ。
(だけど、それでもし誰かを傷つけてしまったら?)
それだけじゃない。もし、当たり所が悪くて、誰かを死なせてしまったら?
戦う事より、誰かを殺してしまうその恐怖の方が、ずっと強い。
だって陽奈子は、誰かを殺しながら生きる覚悟を持った事は今までなかったし、この先に持つつもりもないのだから。
だからここで、力尽きて落ちる事だけは、避けなければ。
このまま事情もわからずに死ぬのは嫌なので、きっと落ちて囲まれたりしたら、恐怖で抵抗してしまう。
そうしたら、悲劇は避けられない。
体力の限界はとっくに過ぎていた。
翼を動かす筋肉も、もう重たすぎて自分のものではない気がする。
(死にたくないけど、誰も殺したくない)
その気持ちだけを頼りに、今にも折れそうな気力を振り絞って、陽奈子の身体は空を飛んでいた。
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